35話(side アルバート)絶望
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「頼まれていたもの、持ってきましたよ」
そう言って、従者が数枚の紙を机に置く。書類仕事をしていた私は、仕事を放り投げて、それに食い付いた。
これは、ヘンリー王太子についての報告書だ。
どうしても諦めがつかなかった私は、格好悪いが、ヘンリー王太子がいかに凄い人かを知ることで、彼女を諦めようとした。
彼女には、私など足元にも及ばない素晴らしい婚約者がいるのだから、仕方がないと。
だが、予想に反して、彼女の婚約者は、一言で言って、最低な男だった。横暴、自信家、更には婚約者がいる身にも関わらず、特定の貴族子女と仲良くしているらしい。
こんな奴が彼女の婚約者だなんて。
気付けば、グシャと紙を握りつぶしていた。いっそのこと、私が彼女の婚約者になれば。そう思ってしまう自分がいた。
「どうやら、ミア嬢はこの国に調査をしに来たようですね」
ヘンリー王子の報告書が届いたのと同じ日に、そう報告してきたのは、この国の諜報員だ。
中でも彼は飛び抜けて優秀で、彼女の諜報兼、護衛を命じている。
「一体彼女は何の調査をしにこの国に?」
「申し訳ありません、そこまではまだ。ただ、彼女が連れている2人の従者が、この国の貴族のことを片っ端から嗅ぎ回っているみたいです」
彼の報告に間違いは無いだろう。だが、一体なぜ、彼女はそんな事を…?
「それにしても、彼女の諜報も本当に優秀ですね。何度殺されかけたことか」
笑いながらも、どこか真剣にそう話した彼は早々に部屋を退出していった。
「本当に、君は一体何者なんだろうね」
その言葉に返事を返してくれる人は誰一人いなかった。
その日のうちに、私は諜報員から得た情報を元に、彼女に揺さぶりをかけようと手紙を書いた。
案の定、それに引っかかってくれた彼女から聞いた話は、衝撃的なものだった。
「つまり、我が国の貴族の誰かが、そちらの孤児院から孤児を買っている、と」
なんてことだ。この国の王族として自覚を持って、と思っていながら、貴族の不正にも気付かないなんて。
自分が情けないあまり、つい、心の内を吐露してしまった。
よりにもよって、好きな人の前で。
しかも、この国でしか存在しない、握手を求めてしまった。彼女は混乱しながらも、握手に応じてくれたが、実は嫌がられたのかもしれない。
後から後悔の嵐が心の中で吹き荒れていたが、それでも彼女との約束のため、席を立って王城に向かった。
♢♢♢
「そうか…ようやくあの極悪人に鉄槌を下すチャンスが回ってきたのか…」
私は今日、ミア嬢から聞いた話をするため、父上と2人でサロンに来ていた。
晩餐の時、後で2人きりで話したいことがある、と言った時の父の顔は、今までに見たことがなかった。
私が何を言うのかという焦燥や漠然とした不安、色々な感情がごちゃ混ぜになっていたのだと思う。
全てのことを話し終えた後、父から聞いた言葉は、まるで犯人が分かっているかのような口振りだ。
「父上、犯人に心当たりがお有りなのですか」
「ああ、恐らく犯人は…」
♢♢♢
その後、父から聞いた話は衝撃的なものだった。
この国の王家は、こんなに情けないものだったなんて。
絶望感でいっぱいだった私は、背後に誰かが立っていることに気づくことができなかった。
「うっ…」
突如、口と鼻を布で覆われてしまう。
抵抗しようと、思わず息を吸ってしまい、私はそのまま意識を失ってしまった。
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