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見た目からは想像がつかないほど、恐ろしく機敏に飛び出していった砂糖商。
残された面々は思わず呆然と見送ってしまったが、ハッと我に返り同じように扉へと向かった。
――が。
「くそっ! 閂がかけられたぞっ!」
「嘘だろおいっ!! 俺たちまで巻き添えかよ!?」
番兵の2人が扉を開けようとするも、それより一瞬早く閂を下されてしまったらしい。
ガタガタと揺らしては、体当たりを繰り返しているが、簡単には壊すことができないようだ。
「そんな……っ、このままじゃ魔獣が……っ」
震える声で格子を握る来趾。
当然、一番不安なのは彼だろう。何と言っても、この地下の更に座敷牢の中に閉じ込められているのだから、扉が開いたところで逃げることもできない。……逆に言えば魔獣からは一番遠い位置にはいるのだが、木の格子など大した時間稼ぎにもならないのは明白だ。
パニックを警戒して来趾の元へと駆け寄る。
「来趾さん。大丈夫ですから、落ち着いて」
「でも……っ、魔獣が来たら全員殺されちゃいますよっ!? 落ち着いてなんてっ……そ、そうだっ、州兵は!? あのっ、旦那さんが呼びに行ってるんですよね!?」
「今呼びに行ってます。すぐに来てくれますから、まずは落ち着いて壁まで下がって――」
「っ、いいや、ダメだっ! 州兵がそんな簡単に動いてくれるはずがない……っ! 魔獣が来るだなんて憶測、鼻で笑われて終わりだ……その間に魔獣が……っ」
「大丈夫です! 絶対に、州兵を連れて来ます」
「そんな保証がどこにっ!?」
悲痛な来趾の言葉に、砂糖商の置いていった書き付けをしっかりと握りしめた沙耶は、涼やかな表情で告げた。
「……私に出来ることなんてタカがしれてますけれど。それでも、目の前の人を救うためには全力を尽くします。それは、あの人もです」
「だから――」
「だから、大丈夫ですよ。……民の希望と信頼の為に在る、ということを、何より重く受け止めている人なんです」
「は…………?」
意味がわからない、とポカンとした表情を浮かべる来趾。
それに対して、沙耶は晴れやかに笑った。
何となく、痛快だったのだ。
自慢できる陛下だと、それだけは間違い無いのだと確信しているから。
「え……沙耶さん、それはどういう――」
「――やっぱり……」
扉を蹴破ろうとする喧騒の中、ポツリと呟いたのは使用人の女だった。
彼女だけは固まったまま微動だにしていなかったのだが、その目が、強い眼差しで沙耶に向いた。
「…………?」
何かを確信したような、言いたげな様子に、首を傾げた沙耶だったが――、
「……っ、あんたはこっちに……っ」
「へ…………?」
決心したような表情の女が、何故か突然走り寄ってきて、沙耶の外套代わりの掛け布を引っ張ったのだ。
しかも結構強い力で引き寄せられるから、おっとっと、と体勢を崩しそうになる。
「こっち! この箱に入ってっ!」
「え、ぇえ……!?」
引っ張られすぎて取れてしまいそうな掛け布を何とかガードしつつ、示された先を見て驚いた。
それは空の壺の向こうに、放置された何個もの木箱が積み重なっている一角だったのだ。
「上から残りの箱を乗っけてあげるから! この中に隠れてなさいっ」
そう言って沙耶を押し入れようとする女。
いやいやいやいやっ!
私いま、凄いかっこいいこと言ったところなんですよ!!
隠れちゃダメなんですってば!!
好意は有難くも入るわけにはいかない、と踏ん張ろうとしたのだが、それより早く――、
――ガタンッッ……ガリッガリッッ……グルゥゥゥウ……!
「っ…………!!」
「き、きたっ……きたのか……っ!?」
「うそだろ……逃げ、誰か………」
ナニかが扉を破ろうとする、激しくぶつかっては引っ掻くような音……。
それと共に微かに聞こえる悲鳴と、不気味な唸り声。
「魔獣が……」
とうとう来たのだ。
その気配に、覚悟を決める。
州兵は間に合わなかったらしい。
……だったら私が、時間を稼ぐしか無いのだ。
「一縷……っっ!!」
――バァ……ン……ッ!!
扉が破られた、と同時に飛び込んで来た魔獣たち。
恐ろしい勢いでなだれ込んでくる、どす黒い群れ。
……その頭上を飛び越えるように、銀糸が駆け抜けた。




