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昼休みになり、音光は面倒くさそうに屋上にやって来た。
転落防止のフェンスの前にあるベンチ、そこに丁寧に包まれた弁当箱があった。下に挟まったメモには『今日、七海ちゃんとお弁当の約束しちゃったんだ。先生と一緒じゃ気まずいだろうし、ごめんね。お弁当、今日は千ちゃんの大好きなから揚げだよ! 残しちゃだめだよ?』と書かれていた。
音光はメモをポケットにしまうと、ベントに座って弁当の包みをほどき始めた。
いつもは先に千優が待っていて、嬉しそうに笑顔で手を振りながら、この手作り弁当を差し出してくる。だが彼女は今日は転校生と一緒にお弁当、久々に一人飯である。
まあ、別にいいけど―――と蓋をあけると、タコさんウインナーやら海苔の入った卵焼きやら、彼女らしい凝ったものが多く入っていた。そしてメモに書かれていた通り、から揚げも。もちろんこれも手作りだ。
「………アイツもいい加減、彼氏でも作ればいいのに」
なんてボソっと呟いて、さっそくから揚げを一口。
「ん。うまい」
「そんなにおいしいの? いいわね、庶民のお味」
突然、誰かの声がして、驚いて顔を上げた。
そこには満面の笑みでお弁当を覗き込む七海の姿が。
「初瀬? なにやってんだお前こんなとこで。千優と一緒じゃないのかよ」
「迷子になったのよ」
「この下だよ、二年の教室は」
「………そんなこと、どうだっていいのよ」
「あ? なんだ弁当忘れたのか」
「持ってきたわよ、コックお手製の超豪華金箔入り二段重ね弁当をね」
「ほー、金持ちって奴ぁ悪趣味なこって」
「そう思うのなら、私にそのから揚げを………いえ、そのタコさんウインナーを寄越しなさい。そしたら金箔の一枚くらいあげてもいいわよ」
七海は胸を張り、サっと手を差し出す。
「………んなもん別にいらねーけど、ウインナーくらい好きなだけやるよ。ほれ」
と音光はあっさりとウインナーを彼女の手に乗せた。
「こ………これが………」
「なんだよ、いるのかいらねーのか」
すると七海は返事をする間も惜しむように、ウインナーを物凄い勢いで口に放り込み、味わうようによく噛んでから、ゆっくりと、飲み込んだ。
「これが、これが庶民の味。伝説のタコさんウインナー」
「お前、もしかしてこういう弁当食ったことねーの」
「あるわけないでしょう、我が家の弁当はおフランス帰りの超一流シェフが作った超高級食材をふんだんに使った豪華ランチボックスなのよ。こんな一般庶民の味なんて食べられるはずがないでしょ」
「お前、食べたいのか食べたくないのか。っつーか千優はよ」
「あの子なら今頃一人でお弁当してんじゃない?」
七海はそう言ってまた音光の弁当からウインナーを奪って口に放り込み、ドカっとベンチに座って足を組む。
「おいおい、えらく態度が違うくないか」
「本性は隠すつもりよ。もし貴方が他の誰かに私の本性を話したところで、誰も信じるはずもないでしょうしね。それより庶民のから揚げちょうだいよ」
「庶民のは余計だろ。一個だけだぞ」
チっと舌打ちし、渋々から揚げを差し出す。
「あんがと。しかし美味しいわね、庶民は本気でこんなもん食ってるの? 信じられないわ。なにが高級食材よ、なにが伊勢海老よなにがトリュフよなにが本格フレンチよ」
「千優の手作りだぞ。そんな高級食材こえてんのかコレ」
「マジで? あの子、うちの専属シェフにならないかしら」
「アイツならメイドだろ」
「そう? あの子のこと、まだよく知らないけど、お人よしって感じよね。地味だし。扱いやすそうではあるわね」
「いじめんなよ?」
「失礼ね、そこまで性格悪くないわよ」
言って、音光の箸を奪ってから揚げを口に放り込む。
「おい、俺のから揚げっ………」
「また作ってもらやーいいでしょ、こんなの。それよりアンタの家ってどんな感じなのよ」
「今度はなんだよいきなり。俺に用があって来たんじゃないのかよ」
「だからこうやって話してるんじゃないの。質問にぐらい答えなさいよね」
「意味がわかんないんだが」
「アンタ国語の教師のクセに日本語もわからないの」
「………お前こそ芸能人のクセに会話がへたくそだよな」
「いいから答えなさいよ、どんな感じなの」
「築五十年の、四畳半一間の木造アパートだよ」
「そ、それってまさか風呂ナシでトイレ共同とかいうんじゃないでしょうね。いや、それはそれで興味はあるけれど」
「風呂もトイレもあるけど」
「ほんと? なら別にいいんだけど」
「だからそれがなんだってんだ?」
「重要事項じゃない」
「意味がわからん………」
「アンタは庶民の中でも最底辺の生活をしてるって聞いてるわ。期待してるわよ」
「だから、なんの期待なのか」
なんか、ものすごく会話がかみ合っていない。
彼女は一体なんの話をしているのか。
もしかすると庶民の生活について詳しく知りたいのだろうか。いや、それだとしても会話がおかし過ぎる。彼女は何が言いたくて、何が知りたくて、なにより何の用事でここに来たのだろう。そして千優は今頃教室で待ちぼうけを食らっているんじゃないだろうか、というか七海はもう千優のことなんて忘れてしまっているんじゃないだろうか。
弁当に視線を落とすと、から揚げどころかおかずが全てなくなっていた。よこでは七海が満足げにお腹を押さえ、それから、オッサンくさく爪楊枝で歯の掃除をし始めている。もしかすると食後の爪楊枝も、庶民の暮らしを勉強して得た知識なのだろうか。だとすると、なんだかそれは『外国人が憧れるどこか間違った日本』に近いものがある。
いや、それとも、元々こういう性格なのだろうか。
別に無理しているようにはみえないし、むしろ、伸び伸びしているようにも見える。
「なに、お嬢様アイドルの超絶可愛い私が爪楊枝で歯ぁ掃除しちゃあ悪いの」
「や。別にいいんだけど、庶民っつーよりオッサンくさいなと」
「いいのよ別に。笑顔貼り付けて四六時中アイドル演じてりゃ、反動でオッサンくさくもなるってもんよ。いい? アイドルってのはね、商売なのよ。夢を与えるんじゃないの、夢を売るのよ。笑って踊って歌って投げキッスしてりゃ儲かるんだからボロいわよね」
「それ男子生徒にも聞かせてやれよ、夢が壊れる音が聞こえてきそうだ」
「こっちも仕事なのよ、誰がそんなバカな真似するかっての」
爪楊枝を弁当箱に投げ入れて立ち上がると、うんと伸びをする。
するとそこに、
「あー、七海ちゃんいたぁ」
千優がお重のような弁当箱に自分の小さな弁当箱を乗せて、屋上の入り口から出てきた。
と七海はそれまでの表情を一変させ、まるで天使のような笑顔を見せて、てへっと小さく舌を見せた。
「ごっめーん、道に迷っちゃってぇ。そしたら先生が屋上に行くの見えたから、追いかけてきたの」
「なーんだ、そっか。でもよかった、休み時間終わる前に見つかって。まだこんなにお弁当残ってるのに、早く食べないと」
「よかったら半分食べる? 私、そんなに食べれないの」
「いいの? じゃあ千ちゃんも一緒に食べよ?」
「ああ………そうだな、ほとんど腹にたまってねーし………」
白米だけが残された弁当箱を見、ぼそっと呟いた。




