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 そういうわけで昼休みになると、音光は千優と一緒に七海を連れて家庭科室へと向かった。ちなみに音光が一緒に来た理由は「顧問の先生に私を紹介してちょうだい」と何故か偉そうにふんぞり返って頼まれたからである。面倒だったが、千優にも頼まれたので、仕方なく付き添うことにしたのだ。

「ったく、めんどくせーなあ。紹介なんて千優にしてもらやぁいいだろ」

「アンタ教師なんだからそれくらいしなさいよね」

「今日はクッキー作るんだ。できたら千ちゃんにもあげるねぇ」

 千優はえへへ、と笑う。

「クッキー? 庶民のクッキー、楽しみだわ。どんなモノかこの七海様が試してあげようじゃないの」

 七海は手の甲でじゅるりとよだれを拭う。

「お前食べたいだけじゃねーか、ってツッコミはいるのか?」

「仕方ないでしょう、小腹がすいたのよ。それより、お料理研究室はどこ」

「あ。そこだよ、その教室―――」

 千優はすぐそばにある扉を指で示して見せた。

 到着した家庭科室はとても古く、扉が木製の引き戸で、そこに紙に手書きで「お料理研究室」と可愛らしい丸文字で書かれている。

 ここは部室棟と呼ばれ、その名の通り部室専用の棟である。

 この学校には様々な部活があり、メジャーなところだと野球部やテニス部、マニアックなところだと科学部だの紙飛行機部だの園芸部から派生してできた農業部なんてものまである。その特殊な部活であるが、もちろん、大半が同好会扱いである。それでも理事長である藤十郎が生徒の学校生活を豊かなものにしたいという思いで部室を与え、そのお陰か、同好会所属でありながら紙飛行機大会全国一位という記録を叩きだした者もいる。

 で、そんな部室棟の片隅―――部室棟の隅っこに、そのお料理研究部の部室はあった。

「ここが庶民の味を研究し続ける究極の庶民クラブね」

 このいかにも怪しげな見た目に疑問を抱かないところが、さすが世間知らずのお嬢様である。音光は何の顧問でもないので部室棟へ来ることは滅多とないので、お料理研究部がこんな姿をしているとは知らなかった。だから今、彼は、妙な胸騒ぎと共にそこに立っていた。

「な、七海ちゃん。別にそんなことは一言も……」

 という千優のツッコミなど耳にも入れず、七海は思いっきりお料理研究部の扉を開け放った。スパーン、といういっそ清々しいほどの音が廊下中に響き渡った。

 そして。

 彼女は、ある人物と遭遇した。

 そこにはピンクのフリルエプロンを身に着けた、金髪ツインテールの女子生徒がいたのだ。相手も虫を見るような顔をしていたし、七海も同じく虫を見るような顔をしていて、二人はしばらく見つめあって固まっていた。

「ねえ千優ちゃん、あの丸太はつまみ食いでもしにきたのかしら」

「ち、違うよ七海ちゃんっ? 西條さんもこの研究部の部員だよっ?」

「あらそうなの。てっきり卑しくつまみ食いにでも来たのかと思ったわ。そうでなきゃあんな丸太みたいな足になるとは思えなかったんですもの。ごめんなさいね、勘違いしちゃって。七海、失敗☆ てへっ」

 げんこつで軽く自分の頭をコツンと殴りつつ小さく舌を出す七海。

 西條は怒りのあまり抱えていたボウルと泡だて器をへしゃげさせたが、それに対しても七海は「あら、ものすごい力っ! 西條さんてすごいのね、まるでマンモスみたいだわ☆」とコメントした。

「アンタこそ何しに来たのよ、ここはアンタみたいな一人じゃ何もできないお嬢様が来るような場所じゃないんですけどっ?」

 怒りに震え声を荒げながら、へしゃげたボウルの中身を無理やり掻き混ぜる。そのおかげでまだ混ざり切っていない生地が飛び散ったが、怒りのせいか全く気付いていないようだ。

「えー、酷い。ここの部員さんは、お料理できない人は入部させてくれないんですかぁ? えー、他の人に聞いてみようかな? 西條さんがこんなこと言ってたんですけどって、七海門前払いされたんですけどって」

「っぐ……」

 羅々里亜は何も言い返せず、悔しさに震える。

 ちなみにこの部室であるが、昭和の台所そのまんまを再現したような場所だ。

 部屋は古き木造住宅の台所をそのまま引っ張って来たような作りで、シンクもタイル張りだし花柄のホーロー鍋やヤカンなんか年季が入っているし、壁に掛けられたザルやお玉・フライ返し・木べら等々……どれも使い込まれたものばかりだ。しかも木製の机の上にはキャラクターもののかき氷機が置かれている。

 色々とおかしいだろう、と音光は思ったが、七海は全く気にしていない様子だ。たぶん、こういうのが庶民の部室なのだと思っているのだろう。

「ところで顧問の先生はいらっしゃるかしら。見学の申し込みをしたいのだけれど」

「あ。南雲先生ならもうすぐ来ると思うけど―――」

 千優は廊下を覗く。

「あ。来たよ、ほら」

 千優に言われ、音光と七海はひょっこり廊下を覗き込む。

 するとそこに、その人物はいた。身長は音光より少し高いか、目鼻立ちのハッキリとした彫の深い整った顔のその男は、目つきは鋭く顔はしかめっ面で、どう考えてもお料理クラブとは縁遠そうな人物である。

「……なんだ、貴様は」

 男はジロリと七海をひと睨みしてから、事情説明を求めるように音光に視線を移す。

「なんか庶民の味を作れるようになりたいらしいですよ。ちなみにコレがコイツの作った料理・エディです」

 と音光は漆黒の塊を差し出す。

「なんだこれは、像の糞か」

「卵焼きよっ」

 七海は怒ってエディを奪い取る。

「卵焼きって、アンタ卵焼きが何かも知らないんじゃないのっ? そんな馬糞をよく卵焼きだなんて言えたわねっ?」

 嫌味でもなんでもなくただただ驚く羅々里亜。

「うるさいわね、だから入部したいって言ってんのよっ」

「ほお。入部か。ちょうどいい、ウチもまた一人部員が減って二人だけになってしまったからな。三人以下だと同好会も解散させられてしまうから貴様が入部してくれれば大助かりだ」

「って、また辞めちゃったんですかっ?」

 千優と羅々里亜がほぼ同時に叫んだ。

「まあ、普通お料理研究部なんて名前聞けば誰だって華やかな部活想像すんだろうけどよ。まあ顧問がコレだから入部してもスグ辞めちまうんだとよ」

 音光は失礼にも南雲の顔面を指差し、説明する。

 七海はそこで初めて、部室に羅々里亜以外の生徒がいないことに気が付いた。

 本当に彼女と千優以外に部員はいないようだ。

「まあ、アタシは顔面なんて気にしないけど。庶民の味さえ手に入ればそれでいいわけだし。というわけで入部させてもらうわね」

「ちょ、ちょっと! なに勝手に決めてんのよっ?」

 羅々里亜は焦るが、南雲の「同好会が解散してもいいのか?」という一言に押し黙る。

「えー? そんなに七海のコト嫌なの? じゃあ七海、他の部に入っちゃおうっかなー」

「わ、わかったわよ! いいわよ、好きにしなさいよ! その代りアタシと新菜さんに迷惑かけるんじゃないわよっ」

「はーい、七海いいこにしてまぁす」

 うふふ、と天使の笑顔を見せる七海。

 よくもまあコロコロと態度を変えられるものだ、と音光は呆れた。




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