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そういうわけでお料理研究部……もといお料理同好会に入った七海はさっそく部活動を開始した。音光はとりあえず隣の部屋――四畳半一間にちゃぶ台、ブラウン管テレビ、茶箪笥、壁には古い女優のポスター、麦わら帽子―――部室というか普通の部屋だし、音光の四畳半一間の部屋より広くて生活感もある。
そんな部屋の中で、お昼の情報バラエティをぼーっと見ていると、背中越しに不安なやり取りが聞こえてきた。
「アンタ、アタシは味噌汁を作れって言ったのよっ? なんで、味噌汁に、牛乳を入れてんのっ? レシピにそんなもん書いてなかったわよねっ?」
「七海ちゃん、玉ねぎはちゃんと切らなきゃ! て言うかそれワカメじゃないよ昆布だよ、それからお味噌じゃないからそれ豆板醤だからあああああああ!」
「おい阿呆! 貴様は味噌汁を飲んだことがないのか、何故、味噌汁の中にカレールーが入っている!」
そんな感じで、まあ、七海の味噌汁は前代未聞の出来となった。
というかいくらお嬢様でも味噌汁ぐらいは飲んだことがあるだろうし、何が入っているか何を入れるべきでないか、そのぐらいはわかっていると音光は思っていた。しかし彼女は当然のような顔をしてカレールーと豆板醤を放り込み、昆布と玉ねぎを丸ごと放り込み、得意げな顔をしている。
それを見た時音光は、自分の寿命もそう長くはないと感じた。
と――そこへ、
「やあやあ、音光君。七海君の様子はどうだね?」
と藤十郎がにこにこ笑顔で音光の隣に現れた。
「……俺はアンタに色々と言いたいことがあるんだけどよ、とりあえずひとつ言わせてもらうならアイツの味覚は大丈夫なのか」
「はっはっは! 問題ないよ、彼女は庶民の味を知らないほど高級食材ばかり口にしていたからね。だから味噌汁の作り方もわからないんだろう」
「だからってな、アレはないだろ……」
「まあまあ、そう言わずに。これも彼女のためだよ」
「アイツのためって、まあ庶民の生活を味わわせるのもいいかも知れないけどよ」
そんなものはお嬢様の気まぐれだし、彼女だって本気でそんな暮らしを続けたいとは思っていないだろう。そんな気まぐれに付き合わされる方はたまったもんじゃない。
だが藤十郎は、ゆっくりと、話し出す。
「うん。彼女は今まで何不自由なく暮らしてきた。前の学校でも彼女は芸能人というだけでなく初瀬財閥の一人娘という肩書もあって特別な存在だったんだ。そんな彼女を周りは当然のように優遇し、同級生も誰一人として彼女と自分を同等に扱おうとはしなかった。もちろん中には彼女を良く思わず陰口を叩く者もいたが、そんなことが彼女の親衛隊や学校関係者にバレた瞬間にはもうその生徒はその学校にはいられなくなってしまう。実際に何度かそんなことがあり、七海君を恨んでいる者もいる。もちろんそれは彼女が望んだことではないし、本人の知らぬ間に起こっていたことなんだけどね」
「なるほど。ただの我侭お嬢様ってだけじゃないのか」
「そうそう。彼女はそんな環境から抜け出したかったんだろう。たぶん、彼女は、この学校で沢山大切なものを手に入れるだろう。私はそれを信じているし、望んでもいる。だから音光君、よろしく頼むよ」
「よろしくってな、事情はわかったけどだからって俺に押し付けんなよな」
音光はため息を吐き、七海を見る。
味噌汁のレシピと睨みあい、西條に注意されて逆切れして南雲に叱られそれを千優が間に入って宥める―――おそらく前の学校ではこんなこと、あり得ないことだったのだろう。誰もが彼女の失敗を怒りもせず、何をしても言っても笑顔で称賛……それが彼女の日常だったのだろう。そう思うと、今のこの状況は彼女にとっていいことなのかも知れない。
と思いはしたが、
「……とりあえず味噌汁ぐらいは作れるようになってもらわにゃ俺が死ぬ」
「はっはっは。彼女は味噌やワカメを実際に見たこともないだろうからねえ。料理なんて一切やらせない・必要最低限のことしかやらせない・そんな環境だったし」
「マジか……とんだお嬢様じゃねえか」
「うん、本物のお嬢様だよ」
「ああ、そうだったな……」
小さくため息を吐きながら七海を見る。
いつの間にか彼女はほんの少しだけ笑顔になっていた。
西條が腰に手を当て七海を指差して怒り、それを千優がなだめ、南雲が嫌悪感たっぷりの顔で異臭を放つ味噌汁を味見して―――そんな状況が楽しいのか、七海が笑っている。
「まあ、別にいいけどよ……」




