第六話
帝都の大通りを抜けて中心街から南西側の森を抜け、なだらかに続く坂道を登っていくとこの帝都最大の建物が見えてくる。
通称『緑の皇宮』と呼ばれるその建物は、豊かな自然と川に囲まれており、中心街に比べると空気が心地よく、森の匂いが体を包む。
森にはこの国に合わせた色彩豊かな花や、収穫するにはまだ早い青い果実などが実っており、多くの獣たちも生息している。この森自体もすでに皇宮の一部となっているので、一般の人間は特別な記念日でもない限り立ち入りは許可されていない。
森から城までは煉瓦などの石材は使われておらず、むき出しの土が固く踏み固められ整備されている。広さは皇宮で住む人々が使用するだけあって、相当な広さだ。
途中、武装した警備兵など何人かの人間とすれ違いながら、レナードたち一行は皇宮へと馬を進める。
やがて坂道が終わると、森が途切れて、広大な大地が視界一杯に広がり、その先には真っ白い城壁が見えてくる。
その建物に近づいていくと、城壁の前には堀が掘られていて、森から引いた川の水が流れ込み水面をキラキラと反射させていた。
城壁の中に入るためには、城門に掲げられている橋を下して渡らねばならないのだが、緊急時でもない限りこの橋が掲げられることはないので常に下されている状態だ。
かといって、守備兵がいないわけではない。
かなりの集団で橋を守っている。
その中をレナード一行はどんどん進んでいき、城壁の中に入っていく。
「でえ……んだよ……こりゃ」
馬の上で思わず呆れた声を出してしまった。
長い距離を進んで、ようやく城壁をくぐった瞬間に目にした景色は、どういって表せばいいかわからない。
多くの人があちこちへと行ったり来たりしていて、忙しそうに動き回っている。おそらく下働きの人たちなのだろう。
さまざまな建物からは煙が上がっていて、何かを叩く音がそこかしこから聞こえてくる。
レナードの目から見ればなんであんなにでかくて高く作られているのか訳が分からない。
ずっと狭い場所で暮らしてきたせいもあって、不便そうとしか思えなかったのだ。
「何を驚いている? これくらい普通だろ?」
勝ち誇ったような笑みで、レナードに声をかけてきたのは、お忍び状態の皇子様であるラスティだ。
「いや、普通って皇子様……すげえ無駄な気がするんですが……」
「あんな場所で暮らしていたお前の目にはそう映るのかもな。無理もない。まあいいここからは馬は禁止だ。徒歩での移動となるぞ」
馬の背からおりて、ようやく大地に足を付ける。
そこで大きく伸びをして、体をほぐすレナード。
「行くぞ。ここからは皇宮の中心になる。多くの貴族たちもいるから、あまりアホなことはするなよ」
「するわけないじゃないですかー。伯爵家の御曹司ですよ。ワタシは。あははは」
とてもじゃないが信じられない。ラスティは疑いの目を隠そうともせずに、レナードを睨みつける。
「まあいい。ついてこい。スタン、ご苦労だったな。護衛はここまででいい。あとは通常業務に戻れ。父には僕から報告しておく」
「は!」
スタン達はラスティに敬礼をして、その場から去って行った。
「親父……ここから逃げ切ることできるか?」
「状況によるな……人質をうまくとれればいけるか?」
「……宝物庫はどの辺にあると思う?」
「この作りだと大抵、奥にある地下あたりかな……けど地下は牢獄もあるから……むしろあっちのでけえ塔の最上階とか……いや、ありゃ別の目的の建物だな」
レナードの脛にすさまじい勢いで蹴りを入れられる。
物騒な会話をしていた二人を諌めるためにラスティが放ったのだ。
「皇子を前に犯罪の相談とはいい度胸だな。貴様ら! 先ほどアホなことはするなと釘を刺したばっかなのにお前の頭には何が詰まっているんだ?」
「お……お……い、いてえ……容赦のない蹴りですね……」
レナードは思わずその場で右足を押さえながら痛さのあまりピョコピョコ跳ね回る。
「ふん、これでも皇子だ。鍛え方は他とは違う。あまり侮るなよ」
「じゃあ、俺だけじゃなく親父にも一発かましてくださいよ!」
「貴様のほうが、なぜか突っ込みやすい」
「差別だよ!」
「専制政治は全て差別からできている!」
「とんでもないこと言っているよ。この皇子! 暴君だよ!」
「やかましい!」
再びけりを入れられてうずくまる。皇子相手だけに下手にかわすことが出来ない。奴隷根性が身についてしまっているのか、それともほかの理由からなのか、あえて皇子の攻撃を受けるが痛いことには変わりない。
大きな建物に入り、いくつかの通路を進んでいく。
立派な服にマントを羽織った人間とすれ違うたびに皇子は立ち止まり挨拶を受けていた。
そのたびに皇子が連れているレナードに視線を向ける高貴な方達。好奇心の視線もあれば、皇子が連れているということで警戒の視線を向ける者もいる。
「うええ……殴りてえ……すげえ殴りてえ……何あいつら? ケンカ売ってんの? “漆黒のレナード”に」
レナードは他人から訳も分からずに好奇の視線にさらされるということが耐えられないのか、いきなり短気を起こし物騒なことを平然と言う。
「“正義のジャスティ”じゃなかったのか?」
ラスティが苦笑しながら言ってくる。
「冗談はともかく騒ぎを起こすような真似はするなよ。僕もあの連中が全部好きというわけじゃない。皇帝陛下の次期後継者だから、なんとか取り入ろうとおためごかしを使ってくるような奴らばかりでいい加減辟易している。腹では何を考えているのやら。中には僕を追い落とそうと画策しているやつらもいるだろう。その僕が連れて歩いているお前を気にするのも仕方のないことだ」
とても10歳の子供から出てくる言葉ではない。レナードは少なからず内心で驚いてしまう。
彼の知っている10歳の子供といえば、生意気盛りで、あちこちいたずらして元気に走り回って鼻水を垂らしているような連中ばかりだ。
なのにこの皇子様ときたら、顔のつくりだけみれば、とてもかわいらしい少年なのに、立ち振る舞いから言動まで大人顔負けである。
皇族の子供と貧民街の子供でここまで差が出るものなのだろうか。レナード自身皇宮という場所から縁のない場所で育ったのでその辺はよくわからない。
「なんか窮屈な場所だな……親父。さっきからずいぶん静かじゃねえか。ビビってんのか?」
レナードは自分の横を歩くルレンをからかうが、ルレンは軽く肩をすくめただけでなにも答えない。
びびっているというのとは様子が違うようだ。
目線を巡らせて誰かを警戒しているといった様子である。
何を警戒しているのかわからないが、自分には関係ないのでレナードもそれ以上追及することなくラスティの後についていく。
階段を4つほど登り、またいくつかの通路を歩く。移動するだけで時間かかりすぎだろと声を大にして言いたいが、そんなことを叫ぶ理由もないし、叫んだところでどうにもならないので、レナードはぶつぶつと文句を言うだけにとどめる。
「さっきから何をぶつぶつと言っているんだ? またよからぬことを考えているんじゃないだろうな?」
「いえいえ……でかすぎますよ! この建物! 移動するだけで日が暮れちゃいます!」
さっき文句は言わないと決めたばかりなのに、その決意をあっさりとひるがえして文句を言う。
そんなレナードにラスティは笑いを噛み殺す。
「元気がいいな。お前は。皇子を相手に、よくまあそこまで物を言えるものだ。なるほどなグローリアが気に入ったのもうなずけるが……ここからは先は皇帝陛下……つまり僕の父の執務室になる。お前が処刑されようが拷問にかけられようが、キスされようが僕はかばえないからな」
「最後だけ、やけに嫌な行為なんですけど? あ、いや……処刑も拷問も嫌なんですけど……キスはないでしょキスは。皇帝陛下ってそっちの趣味もあるんですか?」
「さあ? 父は忙しい方だし、わざわざ息子に自分の性癖をばらす親もいないだろう。まあ、とにかく何をされても僕はかばえないということだけを憶えておけ」
10歳の子供が性癖とか言っているよ! どーなってんの皇族の教育って……。
カルチャーショックに頭を抱えたい気分になる。
今までの価値観が大きく崩れそうだ。
自分の性格も結構なものだと思っていたが、上には上がいるなあとつくづく思い知らされた気分である。
皇子は部屋の扉で待機している使用人に自分が来たことを伝えるように指示をすると、使用人は執務室の中に入っていく。




