第四話
朝のさわやかな空気に身を包みながら、レナードは陰鬱な気分で家路につく。
「……たった一夜で金貨8枚が……やべ気分わりい。吐きてえ……おえー」
食事を忘れてギャンブルに興じたせいで、胃の中にはほとんど何もないので、吐くものなどほとんどないし、身体的な部分からくる吐き気でもない。
気分の問題である。
ギャンブルに大負けした人間がごくたまにこうして吐き気を催すのだ。
ボロい自分の家の前で思わずしゃがみこんでしまう。
しばらくして何とか立ち上がり、家の扉に手をかけると家の扉が腐っていたのかガランという音とともに崩れ去った。
「ま、マジかよ……」
泣きっ面に蜂である。
家というよりただの小屋なので、部屋などあるはずがない。奥で丸まっている自分の父がごろりとこちらに体を向き直してきた。
「こーわしたーこーわした。レナードが弁償する♪」
「ガキか!」
壊したものは自分で弁償。一応こんな家でもルールはある。
もういい加減この土地を売って、もっと安い場所に引っ越したいのだが、ルレンはなぜかこの土地を売り飛ばそうとはしない。
徹夜で寝ていないために、気落ちしたこともあって眠気に襲われる。
「あーもうついてねえや。寝る。ふて寝だ。昼まで起こすんじゃねえぞ」
そういって中に入り、床に寝転ぶ。
「ベッドが欲しい……」
金貨8枚あれば職人仕立てのいいベッドを購入してもまだおつりは来るのだが、考えてしまっては余計に泣きたくなるので、そのまま現実逃避するようにレナードは夢の世界へ旅立った。
が、夢の入り口で引き戻される。
いきなり異様な気配を感じて飛び起きたのだ。
素早く壊れた扉のほうに目線を向けると、武装した幾人かの集団が周りを取り囲んでいた。
父はのんきにいびきをかいて寝ている。
そばに置いてある剣を素早く手に取り、父を足蹴にして叩き起こした。
「親父起きろ!」
「げへへへ、フィスカ。もっと強く……そこ、そこ気持ちいいの!」
剣の腹の部分で思いっきりなぐりつけた。
「どんな夢見てんだよ! ドアホ!」
そこでようやくルレンは目を覚ました。
「……な、なにしやがる! せっかく」
「夢の内容なんざ説明せんでいいわ! 寝言だけで気色わりぃのはよーくわかったから!」
「俺なんか言ってた?」
「知らん思い出したくもない。それより外見てみろよ物騒なお客さんだぜ」
レナードに言われて扉の陰からチラリと目線をやると軽金属の鎧に身を包み馬に乗った男たちが12人ほど家の前の通りにいるのが目に入った。
「レナード。最近なんか物騒な仕事に手を出したか?」
レナードに問いかけながら、ルレンも自分の武器を手に取る。
「そういや昨日幻狼だかなんだかってやつをぶっとばしたな。親父は?」
「法に触れることはしちゃいねえはずだが……あいつら幻狼傭兵団とは違うな」
「なんで、んなことを聞く? どっかのやつらが逆恨みしての襲撃だろ?」
「鎧に刻まれている紋章を見ろよ」
父親に言われてレナードは再び相手を確認した。
バラに剣を交差させた紋章。それはこの帝都の帝国兵ということを表している
皇帝の直轄軍ということだ。
「おい。本格的にやべえんじゃねえの? はよ自首しろ! 責任取るのは当主の仕事だろ?」
頭から自分の親が犯罪を犯したと決めつけているなんとも心温まる言葉だ。
「いやいや、親をかばって子供が罪を償うって美談だとおもわねえか? どうせ元凶はお前なんだし」
こっちも愛情のひとかけらも見せずとても涙が出るほど嬉しい言葉である。
そうしているうちに男の一人がどんどん近づいてきた。
「どーすんだよ! 不意を打つなら今しかねえぞ?」
12人程度ならレナードひとりでもなんとかなる……というより全員殺さずに無力化することすら可能だが、相手が皇帝の直轄軍となると話は別だ。
下手をすれば武器を向けた瞬間、反逆者扱いされても文句は言えない。
「まて……そうだなお前がおとりになっているうちに俺が別の国に亡命するとか?」
「街を出る前に門で捕まるのがオチだろ! パニくってんじゃねえよ。大体なんの手土産もねえのに受け入れてくれる国があんのか?」
お互い忠誠の忠の文字すらない。
そして紋章を身につけた男の一人が、ついに入り口の前までやってきた。
扉は壊れているので、中の様子は丸見えなのだが、男の位置からは二人の姿が死角となって見えていない。
距離的にはすぐそばになるのだが、男はその場で目線を巡らせて中の様子をうかがっている。
「さーてどーするよ?」
レナードが声を出さずに口の動きで父に問う。
「まだ動くな」
父も口の動きだけでレナードに意思を伝える。
「留守か? 誰かいませんかー?」
入り口で様子をうかがっていた男が大きめな声で中の人にも届くように声を出す。といっても掘っ建て小屋そのものと言っていい家なので男の位置からはすべてが丸見えの状態だ。
いないとわかっていても一応は声をかけてみたというわけである。
「呼んでるぜ?」
レナードが再び声を出さずに口を動かす。
「少し様子を見よう」
ルレンも同じように口だけを動かす。
入り口の男は困ったように顔をしかめてまだ立ち去ろうとはしない。ここまま帰るべきか、それとも踏み込んで家探しするべきか迷っているのだ。
彼の役目はこの家に住む、レナードという人物を皇宮に連れて行くこと。決して無礼なふるまいをしてはならぬと厳命されているので力づくでことに及ぶわけにはいかない。
伯爵家ということもあり、それなりに緊張してやってきたのはいいが、言われた場所は貴族街からは程遠い貧民街ともいえるような治安の悪い場所だわ、肝心の建物は今にも崩れそうな掘っ建て小屋だわ場所を間違えたかと思い何度も地図を確認し、この辺を行ったり来たりしていたが、どうやらここで間違いないと確信し、足を運んだのだ。
とても信じられるようなことではない。伯爵という称号を持っている大貴族がなぜにこのようなあばら家に居を構えているのか、わからないことだらけである。
ハルヴァートなんて貴族は皇宮では全く聞かない。
最初この役目を受けた時は自分の知らない貴族だが、失礼があってはならないと気合を入れてきたはいいが、実際の場所に来ると何かの間違いではないのかと考えてしまった。
それでも一応は上からの命令である。無駄でも何らかの報告をできるようにちゃんと調べなければならない。
中の様子は無人である。これが屋敷やちゃんとした家なのであれば、留守なのかとあきらめてそういう報告をするという選択肢もあるが、このような小屋であるならば足を踏み入れても特に問題はないかなという思考が生まれ、入り口で立ち往生しているのだ。
「スタン? どうかしたのか?」
スタンと呼ばれた男は声につられて振り向く。
そこに仲間である年少の少年、ラスティが駆け寄り、心配そうに目を向けていた。
このラスティという少年は実は皇子でグローリアの双子の兄に当たる人物だ。本来であれば皇宮で作法を学び勉強し、ある程度甘やかされて育てられるはずなのだが、妹に似て好奇心旺盛で皇宮の狭っ苦しい雰囲気が嫌いで何かと理由をつけて外に出たがる性格をしている。今回も、この任務に乗じて無理やり理由をつけて城を出たのだ。彼にとってはいい気分転換である。まだ立太子していないので正式な後継者とは言い難いが、皇族の唯一の直系なので誰もが彼を後継者と暗黙の裡に了承している。
金髪の髪に、ブルーの瞳。くせっ毛のある巻き毛にどこか小動物を思わせるかわいい顔立ち。人懐っこい笑みで目はキラキラと輝いている。
「ラスティ様。何が起こるかわかりませんので皆と一緒に待機していてください」
「はは、腕の立つ騎士に囲まれ、かつ帝都で僕の身が危うくなるとでも? 確かにここは、ほかの場所に比べて治安は悪いが、早々大事には至るまい。それにグローリアが目を付けた人物がどんな人物か気になるしな」
話し方は大人びているが、口調や雰囲気は子供の域を出ていない。彼のかわいらしい顔立ちに拍車がかかり余計にそう思わせてしまう。
「まったくあなたといいグローリア様といい……仕方ありませんね。しかし残念ながら留守のようですよ」
スタンはそういってもう一度中の様子をその場からうかがう。
「本当にこんなところに住んでいるのか? これじゃいいとこ馬小屋か……もしくは薪置場だなよ。皇宮の台所にある蔵のほうがまだ立派だ」
「しかし、地図ではここに間違いないと記されているんですがね……」
「じゃあ地図が間違っているんじゃないか? 人が住める環境じゃないよ。ペットの小屋にしてもまだひどい。ペットの餌の置場……いやそれよりもっとひどいな」
その会話を聞いていた入り口の陰に身をひそめていた二人は何とも言えない顔つきになる。
言っていることは間違いないが、見も知らない他人にここまでひどく言われるのはさすがにいい気分ではない。多少気分を害したが、いきなり剣を突き付けて戦闘開始というわけにはいかず、まだ様子をうかがう。
「まあ、こんなとこに住むなんて人間やめますか? っていうくらいひどい。僕なら半日で死ぬ自信があるが……なんだ? この匂い? 嗅いでいるだけで吐き気がする。燃やしたほうがいいかもしれないな。景気よくいこうか? どーせ人なんて住んでいるわけじゃないみたいだし、住んでいたとしてもすでに人間やめているんだから問題ない」
ラスティの毒舌に拍車がかかってくる。スタンはラスティは別に悪意があってこういうことを言っているわけじゃないとわかっているが、そこまでいうこともないだろうと苦笑してしまう。
入り口の陰で聞いていた二人はまったく正反対だ。本当のことだけに反論の余地はないのだが、自分たちより年下のガキにここまで言われては腹が立つ。
「限界だ。親父。ちっとあのガキ教育してくるわ」
レナードのの性格も大概だが彼はそんなことを省みずに、剣の柄に力を入れる。
相手の会話から何か情報をもらおうと思ったのだが、「グローリア」だの「ラスティ」だの彼の頭の中にはまったく情報がない。一瞬だけどっかで聞いたかな? と考えたがその思考は怒りに上書きされ塗りつぶされた。
「殺すなよ?」
一応は皇帝の騎士団だ剣を向けるだけでもかなりの危険行為である。しかし、息子を止められない以上、それしかいうことはできない。
その辺はレナードもわかっているはずだ。
そしてレナードは入り口の陰から飛び出した




