17.北の塔
あの日以来、あたしは北の塔の一室に鍵をかけられて軟禁されていた。
北の塔は従来寵愛を失った側室とか、後ろ立てのない皇子とかが住まわさられる場所らしい。
そのせいで作り自体は豪華なのに、どこかうらさみしい雰囲気が覆っている。
今まであたしの世話をしてくれていたマリーナではなく、見張りの兵士が食事を運んでくるだけ。
それでも、声をかければ本を持ってきてくれたり、お風呂にも入らせてもらえたり、
特に不自由しているわけではない。
でも、それでもあたしは思った以上にショックを受けていた。
自分が殺されることも…
あんなに親切にしてくれていたのも、全部利用するためだったことも…
はじめから何もなかったにしろ、裏切られたような気持ちはどうしても生まれてしまう。
あたしは日がな窓から外を見ながらぼんやりしたり、
本を読んだりしていた。
頬杖を付きながら、見るともなしに空を飛ぶ白い鳥を目で追う。
本などで見る限り、
異世界の救世主伝説は有名らしい。
小さな子供が親からおとぎ話のように聞かされるもので、この国の人間ならば誰もが知っている古い物語。
国の浮沈を左右する伝説の女神。
それがあたし?
「バッカみたい…」
思わずこぼれた言葉に自嘲が浮かぶ。
バカバカしい予言だと思う。
異世界から来た人間に超能力でも使えるのなら別だけど、
何のとりえもない、25歳のOLに世界が救えるわけがない。
それに、自分たちの世界のことなのに、他人任せってどうなのよ?
仮に異世界から女が来て、その人殺して何も起きなかったら?
一体どうするつもりなのかしら?
あまりにもリスク管理がなってない。
*
「陛下がお会いになりたいそうです。」
食事を持ってきた兵士が無表情に言った。
あたしに拒絶なんてできるはずがない。
「王様」は絶対だろうから。
その夜、遅くカイルザーク王は訪ねてきた。
何日かぶりに見るカイルザーク王はやつれていた
まぶたのしたに隈ができていて、無精ひげが生えている。
目だけがギラギラ異様な光を宿している。
その姿にあたしは無性に腹がたった。
なんであんたがそんな顔すんのよ。
辛くてたまらないみたいな。
絶望すんのはあたしのはずでしょう?
「すまない…」
あたしは無表情に返す。
手に力をいれ、うつむく。
「何がですか?」
「…すべてに。勝手に我々の都合でここにとどめていることも…
それから…」
「それから…無駄に親切にしたこととか?」
意地悪な笑が浮かぶのを止められない。
「殺すつもりなら、はじめから殺せばよかったのに…
なんでわざわざ優しくなんてするのよ!」
こんなふうに声を荒らげて怒るのは久しぶりだ。
「…」
王は何も言わずにただまゆに力をいれ苦しそうな表情をした。
ずるい…
そんな顔されたら、あたしが悪者みたいじゃない。
殺すなら、悪者になりなさいよ、
ヘンに優しくするからこんなにも辛いんじゃない。
あたしは息をひとつはいて沈黙を破った。
「あなたは、王です。だったら、簡単に頭を下げてはいけません。あなたは国の安寧のために私を殺すのでしょう。それが本当に国の平和につながるかどうかは甚だ疑問だし、あたしはこの国のために死ぬ気もはっきり言ってないです。
でも、そう考えるなら、その決定に責任もって最後まで貫いてください。
あなたが揺らげば国が沈む。
国を何より思うのであれば、そのためにした決定に罪悪感なんて持つ必要ない。
あなたはそのためにここにいるのだから。
少なくともそれを私に出すのは失礼です。」
あたしは王の目を見据えていった。
この人が辛そうな顔をするのは、許せなかった。
これから自分の殺す人間の前でその顔をするのは認めない。
そんなの自分から振っといて「俺も辛いんだ」って言ってるようなもんじゃない。
ふざけちゃいけない。
自分を守るために罪悪感を表に出すのは卑怯だ。
振られる人間の怒りや恨みを全部受け止める責任が降る方にはあんのよ。
本当はわかってる。
この人は本当に心の優しい人だ。
でも同時に誰よりも国を思う君主だ。
だからこんなにもやつれて苦しむのだ。
一人の人間としての心と、王の責任の板挟みになって。
でも、この人は国のために選択するだろう…
最終的にあたしを殺すことを。
そして罪悪感に苛まれながら、孤独に永く永遠に続くような修羅の道を往くのだろう。
あたしは…
正直
この人の孤独に寄り添いたいって思った、
この人の力になりたいって、
打算はあったにせよ…好きになりかけてた。
それも今となってはどうでもいいことだけれど…
あたしも王様も何も言わずにただ暮れゆく空の赤に染まる互の瞳を見つめ合っていた。