第35話 個人事業主、片瀬湊
肩書、卒記チャンピオン。職業、競輪選手。ただし——開店前の。
四月の俺を名刺にすると、こうなる。
養成所を卒業して、国家試験にも受かって、選手登録は卒業式の直後に済んだ。五桁の登録番号と、真新しい選手手帳。所属は日本競輪選手会の千葉支部、級班はA級3班。ないのは、レースだけだ。最初の斡旋——デビュー節は、初夏になるらしい。つまりこの春の俺は、登録番号を持ったまま、まだ一円も走っていない十八歳ということになる。俺自身は「開業準備期間」と呼んでいる。
「で、湊。デビューまで、あんたは何の人なの」
朝飯の席で、母が言った。
「競輪選手。開業準備中の」
「レースのない競輪選手って、何なの」
「個人事業主だ」
「無職って言うのよ、それは」
娑婆は手厳しい。登録番号は、松戸の台所では効力を持たない。
白米は三杯で止めた。実家の炊飯器は、まだ五合炊きのままだ。約束の業務用五・五升は、初賞金で買う。前倒しはしない。約束に利子を付けたくない。
「炊飯器、先に買っておこうか?」
「駄目だ。期日前執行は取引の信用に関わる」
「あんたの取引、いちいち固いのよ」
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無職には、無職の営業がある。
金曜の夜、松戸駅前のコンビニ。俺は一年ぶりに、あのレジの内側に立っていた。開業資金を貯め直すため、週二回だけ夜勤に出戻ったのだ。店長はシフト表と俺の顔を三往復も見比べてから、恐る恐る言った。
「片瀬くん……君、プロになったんじゃ」
「デビューは初夏です。それまで、脚とレジは両立します」
時給は千百円、据え置きだった。卒記チャンピオンの肩書は、松戸駅前では一円にもならない。正しい査定だと思う。俺はまだ、車券を一枚も売られたことのない男だ。
十時過ぎ、自動ドアが開いて、いつものおっちゃんが入ってきた。雑誌の棚の前で固まって、レジの俺を見て、また雑誌を見て、もう一回俺を見た。
「に、兄ちゃん!? なんでレジおんの!?」
「補充と発注もあります」
「そうやなくて!! ワシ、配信で見たんやぞ! あんたの優勝、バックヤードで吠えたんやぞ!」
「ありがとうございます。開業までの繋ぎです。設備投資で口座が軽いので」
おっちゃんは口を開けて、閉じて、それから急に真顔になった。レシートの束みたいに膨らんだ財布から、皺くちゃの千円札を一枚出して、レジ台に置く——ふりだけして、しまい直した。
「ええか、兄ちゃん。ワシはこの千円をな、あんたのデビュー節に積むと決めとる。頭固定や。全レースや」
「外れたら」
「外れたら、また夜勤明けの缶コーヒーを我慢するだけや」
軽く言うが、軽い千円ではない。俺はこの店で一年働いた。おっちゃんの千円が、何本の缶コーヒーでできているかを知っている。
「……固定、後悔はさせません」
「はっは! その顔や!」おっちゃんは俺を指さした。「ワシが買うんは車券やない。その顔や!」
深夜二時、客の切れたレジで、俺はレシートの裏に小さく割り算をした。一年前、ここで俺は「九百万は八千百八十時間ぶん」という計算をした。今夜の計算はこうだ——この夜勤の時給千百円は、チャレンジ戦の一着賞金一本の、およそ百分の一。
同じレジ、同じ時給。割る数だけが、変わった。
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競輪選手の自転車は、店では買えない。
フレームは競輪用の認定規格——NJSの刻印が入った部品で組む決まりで、フレーム本体は職人に採寸から作ってもらう。紹介された工房で、俺は生まれて初めて、身体の三十か所を測られた。
寸法を測り終えた職人のじいさんは、メジャーを首にかけて、ぼそっと言った。
「兄ちゃん、腿と背中が先行屋やな。身体は嘘つかん」
「よく言われます。国家機関にも同じことを」
「なんやそれ」
見積もりは、フレームと部品一式で六十八万だった。養成所の百五十万に続く、人生二度目の大型投資。電卓を叩く。チャレンジ戦の一着賞金が約十一万。七勝で機材の元が取れて、八勝目から俺は黒字の男になる。
納車の日、玄関先で箱を開けて、俺は新品のフレームに頭を下げた。
「よろしくな。稼ぎに行こう」
「湊、自転車に挨拶するのやめなさいって言ってるでしょ」
「営業車だぞ。挨拶くらいする」
母は呆れていたが、名前は付けないのかとは聞いてきた。付けない。こいつは相棒であって、ペットではない。経費で言えば減価償却資産だ。大事にする理由が、また一個増えただけだ。
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五月の夜。消灯前の癖で、俺は画面を開いた。
【片瀬 湊 18歳】
スピード F 38 ↑0.1
瞬発 F 27 ↑0.0
パワー C 63 ↑0.4
持久 102 ↑0.9
回復 S 96 ↑0.2
技術 D 55 ↑0.0
卒業から二か月で、これだ。
山では一日で動いた数字が、娑婆では月単位でしか動かない。ロードの巡航と筋トレで持久とパワーはかろうじて前に出ているが、問題は技術の「↑0.0」だ。帰省のたびに見た、あの止まり方。技術は、バンクの上でしか伸びない。
当たり前の話だった。養成所は「効かない練習が一個もない山」だ。メニューも、飯も、坂も、全部が誰かの設計だった。娑婆には設計者がいない。俺の練習を決められる人間は、もう俺しかいない。
——なるほど。個人事業主とは、そういう意味か。
肩書の意味が身に染みたところで、翌朝、俺は松戸競輪場に行った。戸倉教官が、卒業前に選手会の千葉支部へ話を通してくれていたのだ。登録前の卒業生でも、朝の指定練習に混ぜてもらえる。
朝八時のバンクには、もう音があった。
プロの練習の音だ。何車かが連なって、バンクの縁を通過するたび、空気の裂ける音が腹に届く。去年の夏、客席から聞いた音。今日からは、同じ走路の上で聞く音だ。
「新人か。後ろ、付いてこい」
地元の若手が顎で誘ってくれて、俺の開業前研修が始まった。三本回っただけで分かる。プロの巡航は、養成所の「速い」の一段上に、平然と住んでいる。いい。実にいい。ここは効く練習しかない山の、次の山だ。
その日の練習の隅に、一人だけ、番手に若手を付けて延々と風を引き続けるベテランがいた。四十過ぎの、削られた背中。どこかで見たと思ったら——去年の夏、須田さんが「頭は買わん。買うのは後ろや」と言った男だ。二十年、他人を勝たせている男。
背中は何も語らなかった。俺もまだ、話しかける立場じゃない。ただ、あの背中の風の受け方だけは、その夜、観察ノートの新しい頁に書いた。プロ入り後、記念すべき一人目の頁だった。
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夜、スマホに未読が二件、着信が一件。
未読の一件目、熊井。『六月の研修、寺って本当か? 飯はどうなるんだ飯は』
二件目、風見澪(取引先)。『こっちは実戦仕様に入った。そっちの設計は?』
着信は——御影迅。折り返すと、ワンコールで出た。
「湊ぉ! 元気? 俺いま何連勝中でしょーか」
「七つだろ。ネットに全部載ってる」
「ちぇっ。じゃあ載ってない情報な。……賞金の封筒、まだ開けてません」
「開けろよ!? 初賞金いつだよ、もう四か月前だぞ」
「だって、開けたら減るじゃん」
「減らない。数えろ。額面の確認は経理の基本だ」
電話の向こうで、御影はけらけら笑った。プロの水に四か月浸かっても、こいつの辞書に緊張の二文字はないらしい。
「あ、そうだ湊、いいこと教えたげる。賞典室って知ってる? 開催の最終日にさ、選手手帳と判子持って窓口に並ぶと、茶封筒くれんの。現金で」
「現金で」
「現金で。あのさ湊、あれね——重いんだよ。厚いとかじゃなくて、重いの。片手に、ずしって来るの。あんなの持ったら、誰でも真面目に走るって」
……いいことを聞いた。俺のやる気の燃費が、また一段上がった。金の話になると早口になる俺と、金の話になると急に詩人になる御影。取り分は違うが、二人とも間違いなく、あの封筒の話をしている。
「で、御影。あと二連勝で何が起きるかは、分かってるな」
「んー? 九個並ぶと、なんか上がれるんでしょ。前に湊が説明してくれたやつ」
「なんか、じゃない。S級だ」
デビューから半年でS級へ駆け上がった男が、昔、実在したらしい。今も規格外の代名詞として語り草の記録だ。御影のペースは——それより、ひと月速い。電話の相手は多分、来月にはS級の男だ。
「早く来てよ、湊。プロの風、まだ一人で吸ってる。約束の割り勘、まだだよ」
「六月に行く。取り分は着順で決める」
「いいねえ、それ! じゃ、明日レースだから寝る! おやすみ!」
嵐みたいに切れた。
入れ替わりに、俺は今日届いていた封筒を開けた。日本競輪選手会からの、一枚の案内。
『新人選手研修のご案内 会場・黄檗山萬福寺(京都府宇治市)』
寺だ。熊井の情報は正しかった。宿泊研修、朝五時起床、の文字も見える。
俺は熊井に返信を打った。『本当だ。寺で合宿。たぶん精進料理』
三秒で既読が付いて、即、電話が鳴った。出ると、第一声が「白米はあるのか」だった。あるといいな、としか答えられなかった。
取引先には、こう返した。『設計図は引き直した。実戦仕様は六月に間に合わせる』
返信は一言。『遅い。私はもう試運転まで終わった』
……向こうの工期が早い。報告競争の相手として、これ以上ない取引先だ。
画面を閉じて、天井を見る。茶封筒は重いらしい。バンクの朝は、プロの音がするらしい。そして六月は、寺で正座らしい。
開業まで、あと一か月。
やることが多くて、実にいい。




