第1話 十七年間クソステだった俺、バグった二項目に気づく
スピードF。瞬発F。技術G。
十七年間、俺の画面は、ずっとこの色だった。
言っておくが、この画面は俺にしか見えない。物心ついたときから、視界の端に念じれば出てくる。半透明の、ゲームみたいなやつ。
【片瀬 湊 17歳】
スピード F 34
瞬発 F 22
パワー D 52
持久 C 61
回復 B 74
技術 G 8
技術Gの「8」って何だよ。百点満点の八点。逆にどうやったら出るんだ、その数字。
なんで俺にこんなものが見えるのかは知らない。神様のバグか、前世の徳の清算ミスか。とにかく見える。見えたところで、このザマなので、人生は特に楽にならなかった。
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五時間目、進路希望調査。
「湊、お前なに書いた?」
隣の席の大和が用紙を突き出してくる。第一希望の欄に堂々の「プロゲーマー」。担任に三回突き返されてまだ書いてる。ある意味こいつが一番アスリートだ。
「未定」
「夢なさすぎだろ」
夢がないのは本当だ。かわりに俺には手帳がある。
小四から付けてる、自分のステータスの記録。月に一回、全項目を書き写して、もう十年。世界でたぶん俺だけが持っている、俺という人間の完全な観測データだ。
それによると——スピードは十年で、プラス3。
年平均0.3。このペースだと、俺のスピードがE(40)の大台に乗るのは二十年後。三十七歳。Cに届くのは……計算して、やめた。俺より先に定年が来る。
数字は残酷だ。でも、嘘はつかない。
俺はたぶん、自分の限界を日本で一番正確に把握している十七歳だ。だから夢を書けない。書く前に、答えが見えてしまう。
——ただし。
二個だけ、おかしな奴らがいる。
持久と、回復。
こいつらだけ、伸びが落ちない。
普通、数値は上がるほど伸びが鈍る。なのにこの二個だけは、小四から同じ角度のまま、十年間、定規で引いたみたいな直線で上がり続けている。
体育の1500メートル走。ゴールした瞬間、クラス全員が芝生に転がる中、俺だけ三分後にはケロッと息が戻ってる。順位はビリから三番目なのに、回復だけ表彰台。
足は遅い。けど、止まらないし、すぐ元に戻る。
便利だが一円にもならない体質だと、ずっと思っていた。
先週までは。
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松戸駅前のコンビニ、金曜の夜勤。
レジ前の常連のおっちゃんが、スマホで何かを観ながらニヤニヤしていた。画面の中では、真夜中だというのに、七台の自転車がすり鉢みたいな走路をかっ飛んでいる。
「なんですかそれ」
「ミッドナイト競輪。深夜にやってる競輪だよ。客席は無人、車券は全部ネット。……よっしゃ来た来た来た、差せぇ!」
差さなかったらしく、おっちゃんはレシートみたいに小さくなった。俺は棚の補充に戻ろうとして、おっちゃんの次の一言で足が止まった。
「まあ選手はええよなあ。一番下のクラスでも、平均で年収八百万やぞ」
「……はい?」
「八百万。一番下でだ。てっぺんの連中は年末のグランプリ、一発勝負で優勝賞金一億超え。年に二億稼いだ選手もおる」
八百万。時給千百円の俺は、素早く割り算をした。七千二百七十時間ぶん。一日八時間で二年半、休みなしでレジを打ち続けた額を、「一番下」が一年で。
「兄ちゃん、興味あるんか。脚は?」
「遅いです」
「じゃあ駄目だな」
「でも——止まらないです」
おっちゃんは一瞬きょとんとして、それから、やけに嬉しそうに笑った。
「ならいけるかもな。競輪はよ、最後まで踏んでた奴が勝つんだ」
その夜、家に帰って検索した。
持久と回復で食う道なら、検証済みだ。中三の冬の市民マラソン、完走証三枚。結論——長距離は、速い奴がゆっくり走る競技だ。俺は最後まで垂れない。垂れないまま、最初から遅い。
ロードレースも一晩で閉じた。あっちで俺に回る仕事は「アシスト」——エースのために風を受けて千切れる、勝つのは永遠に他人という役だ。おまけに国内プロの平均年収は、競輪の一番下のクラスの平均より安かった。却下。……見下したわけじゃない。俺の電卓が、競輪を指しただけだ。
競輪は、調べるほど、変な競技だった。
距離はたった二千メートル。なのに予選、準決勝、決勝と三日連続で走り、それが月二回、オフシーズンなし。しかもタイムじゃなく着順の競技——その場の相手より前でゴールした奴が、一着だ。
マラソンは絶対値の勝負で、俺の速さは頭打ち。でも競輪は相対値の勝負だ。最後まで踏んでた奴が勝つなら、俺の「落ちない」は、生まれて初めて武器になる。
おまけに、三日走って、回復して、また走る。……おい。これ、回復がそのまま年収になる競技じゃないか。
世界にこんな競技、一個しかない。
日本競輪選手養成所。静岡県伊豆市。競輪選手になるための、国内でただ一つの機関。
入所試験には「適性試験」という枠があった。自転車未経験でいい。種目は垂直跳びに背筋力に長座体前屈——地の身体だけを見る試験だ。枠は毎年五人前後。
俺は手帳を開いた。持久C。回復B。十年間、直線。
夢はない。でも、年収二億には夢がある。
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試験会場は、化け物の展示会だった。
肩幅がドアくらいある元ラグビー部。ふくらはぎが俺の太ももの元砲丸投げ。その中で俺の第一印象は、たぶん「付き添いの弟」だ。
それでも背筋力計の表示は、頭の中のパワーD52とほぼ計算どおり——初めて、俺のステータスが外の世界と答え合わせできた。ちょっと感動していたら、隣の元砲丸投げが俺の倍近い数字を出した。世界は広い。
二次試験は固定式自転車。まず六秒間の最大パワー。これは並。審査員の顔も並の反応。
次、四十五秒間の平均パワー。
あとで知ったが、この種目、普通は三十秒あたりで出力がガタ落ちする。人間の身体はそういうふうにできている。
俺は、落ちなかった。
四十五秒目、開始三秒目と同じワット数。計測員がモニターを二度見して、それから俺の顔を見て、もう一回モニターを見た。
面接。
「自転車の競技経験は?」
「ないです」
「日常では乗りますか」
「通学で。片道十二キロです」
面接官のペンが止まった。
「……往復、二十四キロ? 毎日?」
「雨の日も。定期代が浮くので」
面接官二人が、なぜか同時にメモを取った。
——あとから思えば。俺の持久は、ママチャリと交通費で育っていた。
合格通知は、二月に来た。五人の枠に、滑り込んだ。
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四月。山のド真ん中の養成所に、俺は入った。
全寮制、十か月の課程。スマホは入所日に電源を切って事務室に預けた。娑婆との連絡手段は廊下の公衆電話、一人五分まで。売店でテレホンカードが飛ぶように売れる。令和に。
費用はしめて約百五十万。JKAという団体から無利子で借りた。返済はプロデビュー後、賞金から天引き。つまり俺は、プロになる前から借金を背負った。走って返す以外の道がない。背水どころか、背キャッシングだ。
飯は、白米だけ食べ放題だった。
「片瀬ぇ、ここ、飯だけは天国だなあ」
同じ適性組の熊井が、ごま塩をかけた白米の三杯目を掻き込みながら言う。柔道上がりの巨体。適性五人の中で一番デカくて、一番いい奴だ。適性組は本入所より一足早く山に入れられて、二週間、朝から晩まで自転車に漬けられた。
そして入所式から数日——第一回記録会。
結果から言おう。ドベだった。
二百メートルのダッシュは、瞬発F22が正直に出た。千メートルは、エンジン自体は最後まで回っていたのに、コーナーのたびに外へ外へ膨らんで、最終周は係員の待機する芝生に突っ込みかけた。技術G。バンクは、ママチャリじゃなかった。
会場がどよめいたのは、俺のせいじゃない。
御影迅。技能組のトップ。全種目で基準を上からブチ抜いて、この期でただ一人の「金」——ゴールデンキャップに認定された男。遠目に見ても、なんというか、同じ乗り物に乗っている気がしなかった。
で、俺に配られたのは、青いカバーだった。
金、白、黒、赤、青。ヘルメットに被せる、格付けの色。下から数えて、一番目。次の記録会まで、俺はこの色を頭に載せて走る。
「適性組は今回、考査の対象外だ。落第はない」
教官は青カバーを配りながら、事務的に付け足した。
「だが、次からは違う。規定タイムを割れば——退所だ」
隣で熊井が、自分の青カバーを握り締めて呻いた。
「片瀬ぇ……俺たち、最底辺スタートだ……」
「いい色じゃん。空の色だし」
「お前、どういうメンタルしてんの」
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消灯、二十二時。
真っ暗な寮のベッドの中で、俺は今日も画面を開いた。
【片瀬 湊 17歳】
スピード F 34
瞬発 F 23 ↑0.2
パワー D 53 ↑0.6
持久 C 63 ↑2.4
回復 B 75 ↑0.8
技術 G 14 ↑2.6
……おい。
持久、一日で、プラス2.4。
十年間、月にコンマいくつの世界で生きてきた俺の、ぶっちぎりの過去最高記録。技術に至ってはプラス2.6——十七年かけて8だった数値が、この二週間で14。今日一日で、人生の三割増しだ。
そりゃそうか。
ここは日本で一番、自転車が強くなるための山なんだ。効かない練習が、一個もない。
「……くくっ」
「片瀬、なにニヤニヤしてんの。こわ」
「熊井。俺たち、いいところに来たぞ」
最弱の青。けっこう。
だって俺にだけは見えている。
明日の俺が、今日の俺より強いってことが——数字で。




