第七話「起源も、借り物だった」 ――大宝律令・闘訟律・遡った先にあったもの――
法の「起源」を求めて律たちが辿り着いたのは、西暦701年・大宝年間!飛鳥・奈良時代の古代官衙(郡
衙)へ跳躍します。
そこでは証人を呼び、事実関係を精査する現代さながらの「理由を問う裁判」が行われていました。古代日本の官僚制に感銘を受ける律ですが、Unit-LEXから「これも唐(中国)の法律の模倣です」と告げられてショックを受け……!?
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「Unit-LEX、今度はどこまで遡るんですか」
律は、心なしか身構えるような声で尋ねた。前回、御成敗式目が今川仮名目録の下敷きだったと知った時の衝撃を、まだ覚えているのだろう。
〔Unit-LEX〕「大宝律令・闘訟律。制定は大宝元年、西暦七〇一年。日本における最初期の体系的成文法です」
「大宝律令……! ついに、律令国家の根幹まで――」
律の声が弾んだ。だがすぐに、何かを警戒するように表情を引き締めた。
「……この条文も、まさか、何かの写しだったりは」
〔Unit-LEX〕「対象条文を表示します」
律の網膜に、古めかしい漢文体の条文が浮かび上がった。
「凡そ闘訟の輩は、事の理非を推問し、各々その状に随いて科断せよ」
律はしばらく黙り込んだ。
「……理非を推問し……。今までとは逆ですね。御成敗式目は理非を論ぜず、でした。でも大宝律令は、理由を問えと言っている」
陣内が首をかしげた。
「あれ、じゃあ最初は『理由を問う』方だったのか。それが鎌倉で『理由を問わない』に変わって、また現代で『理由を問う』に戻った、ってことか?」
〔Unit-LEX〕「その可能性が示唆されます。検証のため、跳躍します」
床が発光し、空間が歪んだ。
墨と紙、そして役所特有の緊張した空気。
律たちが降り立ったのは、地方の郡衙――律令制下の役所だった。木簡を手にした役人たちが行き交い、几帳面な筆致で何かを書き記している。
律は目を輝かせた。
「これが、律令国家の実務……! 想像していたより、ずっと官僚的です」
広間の一角では、まさに「闘訟」の裁定が行われていた。
「双方、申し立てを繰り返せ。まず、殴られたと申す方から」
役人の声は、これまでの調査で見た誰よりも、事務的で冷静だった。
「へい。あっしは畑の境界のことで隣人と口論になり、相手が先に木の棒で殴りかかってきました」
「では、殴ったと申される方はどうか」
「い、いや、そもそもあいつが先に、あっしの田を勝手に耕したのが発端で……」
役人は帳面に何やら書き付けながら、さらに問いを重ねた。
「証人はおるか。近隣の者で、この一件を見た者は」
近くにいた別の村人が、おずおずと進み出た。
「へい、あっしが見ておりました。先に手を出したのは……」
律はその様子に、思わず声を漏らした。
「……証人まで呼んで、事実関係を丹念に確認している。まるで、現代の取調べのようです」
〔Unit-LEX〕「肯定します。大宝律令における闘訟の裁定は、当事者の申し立てのみならず、証人・証拠に基づく事実認定を前提とする手続きを定めています。唐律を範とした、体系的な訴訟制度です」
律の耳が、その一言に反応した。
「……唐律を、範とした……?」
〔Unit-LEX〕「肯定します。大宝律令は、唐の律令を範型として編纂されました。闘訟律の構成、量刑の考え方の多くは、唐律からの継受と考えられています」
律の表情が、ゆっくりと曇っていった。
「……つまり、日本最古の成文法とされる大宝律令すら……オリジナルでは、なかった……」
陣内が肩をすくめた。
「先生、もう驚かなくなったんじゃなかったのか」
「わ、分かってはいたんです、頭では! でも、いざ突き付けられると、また違う衝撃が――」
律は両手で顔を覆った。
「今川は御成敗式目を参照し、御成敗式目の根っこを辿ったら大宝律令に行き着き、その大宝律令すら、唐律という外国法の輸入だった……。いったい、どこに『日本オリジナルの法』なんてものが――」
〔Unit-LEX〕「補足します。法制度における『オリジナル』という概念自体、多くの法体系において相対的なものです。純粋な独自発生よりも、既存の枠組みの継受と、現地の実情に合わせた改変の組み合わせが、歴史上はるかに一般的です」
律はしばらく黙っていたが、やがて、諦めというより、むしろ何かに納得したような顔で、小さく笑った。
「……そうか。私は、ずっと『誰が最初に、何を思いついたか』を追いかけていました。でも、本当に大事なのは、そこじゃないのかもしれません」
「じゃあ、何が大事なんだよ」
陣内が尋ねた。
律は、裁定の続く役所の様子を見つめながら答えた。
「輸入された制度を、この国が、どう使いこなし、どう変えていったか、ということです。唐律をそのまま丸写ししたわけではない。日本の実情に合わせて、量刑を変え、手続きを変え、やがて武家の時代には『理非を論ぜず』という、唐律にはなかったはずの割り切りまで生み出した」
「継受と、改変の連続、ってわけだ」
「はい。オリジナリティというのは、ゼロから何かを生み出すことではなく、借り物を、どう自分たちのものに作り変えるか、という営みの中にこそあるのかもしれません」
律は役所の喧騒を見つめながら、静かに続けた。
「今川氏親公の条文も、御成敗式目の条文も、大宝律令の条文も――誰か一人の天才が生み出したものではなく、何百年もの間、多くの名もなき人々が、少しずつ書き換え、磨き上げてきた、集合的な知恵の結晶だったんですね」
律たちが円卓に戻ると、律はいつになく落ち着いた様子で端末を開いた。
〔Unit-LEX〕「世界法制史との対比を提示します」
〔Unit-LEX〕「唐律は、律令法の体系として東アジア広域に影響を与えました。朝鮮半島の高麗律、ベトナムの黎朝刑律なども、唐律を範型としています。法制度の伝播と継受は、東アジアにおいて広く見られる現象です」
律は頷いた。
「日本だけの特殊な話ではなかった、ということですね。この地域全体が、一つの法文化圏を形成していた」
律は報告書の作成に取りかかった。
時空法制局・調査報告書
案件番号:TLB-0014
対象法令:大宝律令・闘訟律
調査地:大宝年間・地方郡衙
【現場の事実】
闘訟の裁定において、当事者双方の申し立てに加え、証人による事実確認を伴う、体系的な手続きが行われていることを確認した。
【条文の系譜】
本条は「理非を推問する」ことを前提とする点で、後の御成敗式目の「理非を論ぜず」とは対照的な思想に立つ。さらに、大宝律令自体が唐律を範型として編纂された継受法である点が確認された。
【法思想の連鎖】
唐律(理由を問う)→ 大宝律令(理由を問う、継受)→ 御成敗式目(理由を問わない、転換)→ 今川仮名目録(理由を問わない、継承)→ 現行刑法(理由を問う、回帰)という、大きな振り子の全体像が、本調査によってほぼ全貌を現した。
【法制史的意義】
「オリジナルな法」という概念自体が相対的であることが、本調査を通じて明らかになった。法とは、継受と改変の連続的な営みの産物である。
【今後の調査への示唆】
唐律という共通の起源を持つ東アジア法文化圏の中で、各国がどのように独自の改変を加えたかは、今後の比較法制史調査の重要な視座となる。
書き終えて、律は端末を閉じた。
「……今回の調査で、この『自力救済編』は、一つの円環を描いた気がします。唐律から始まり、日本で理由を問わない方向に振れ、また理由を問う方向に戻ってきた。振り子の始点と終点を、両方見届けることができました」
陣内が伸びをした。
「じゃあ、そろそろ次の章に進む頃合いか」
〔Unit-LEX〕「本条文との関連性が検出された未処理案件を提示します」
関連条文ログ
・公事方御定書(江戸幕府による量刑の精緻化・まだ未調査)
・廃刀令(明治九年・刀狩令とは逆方向の武装解除)
・唐律・闘訟律(大陸法そのものへの直接調査)
・高麗律・黎朝刑律(東アジア法文化圏の比較調査)
律はログを見つめ、小さく微笑んだ。
「……次は、どこに跳びましょうか」
〔Unit-LEX〕「神条調査官の判断に委ねます」
お読みいただきありがとうございました!
今川仮名目録→御成敗式目→大宝律令→唐律……と遡ってきた法制史の連鎖。「完全なオリジナル」など存在せず、既存の知恵を借りて自国の実情に合わせて作り変えていく「継受と改変」こそが歴史の正体なのだと納得する回でした。
次回は江戸時代の裁判基準「公事方御定書」を調査します!




