3:ごしょさん
「⋯⋯あ、殺虫剤切れた」
新しい高校生活も、はや二ヶ月が過ぎた。
六月に差し掛かり、太陽の熱気も徐々に強くなってきて、暑い日が続くようになってきた。
夏の到来が近いとでもいうように、近頃虫が多くなってきた。
そのため、殺虫剤を撒いていたのだが、途中で切れてしまった。
休日の土曜日に外へ買い出しに出かけるのは中々にだるいのだが、致し方ない。
武器が無くては戦えない。
オレと虫どもの戦いは、まだ始まったばかりなのだから!
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───みーん、みーん。
───じーわ、じーわ。
「あつ〜〜ぃ⋯⋯」
七月が近い事もあってか、外はめちゃくちゃ暑かった。
蝉も木々に停まって大合唱を始めてしまっていて、大変にやかましい。偏頭痛が起きそうだ⋯⋯。
と、夏間近の環境に憂いていると。
スーパーの近くで思わぬ出会いがあった
「⋯⋯あれ? あ、東くん?」
「市間さん⋯⋯?」
偶然にも、麦わら帽子を被った市間さんとばったり出くわした。
(私服だ⋯⋯)
市間さんはピンク色の服に薄紫色のズボンが印象的な服装をしていて、普段のぽわぽわとした雰囲気とは違って動きやすさ重視といった感じだ。
てっきり、市間さんの普段着はワンピース系かふわっとしたスカート系かと思っていただけに、長ズボンは予想外だった。
意外とアウトドアなのだろうか?
って、違う! 今はそれどころじゃ無いだろ、オレ!
偶然とはいえ、せっかく市間さんと休日に出会えたんだ。この機会を逃してなるものか!
「や、やぁ市間さん。こんなところで会うなんて偶然だね〜」
「そうだねぇ、ホントに偶然だねぇ。ごしょさんに感謝だねぇ〜」
「そうだね⋯⋯え? ごしょさん?」
「うん。ほら、ここにちゃんといるよ」
市間さんが肩にかけていたやや大きめのマイバックの中を覗かせてもらったのだが⋯⋯。
うわ、ホントにいたよ。
幼い男の子の姿をイメージしたという御所人形のごしょさんの細い目が、見上げるようにじっとこちらを見つめている⋯⋯ように見えた。
何度も見てきているので、さすがに少しは慣れてきているのだが、やっぱり少しだけ怖い。
学校でも毎日一緒にいるというのに、休日の出先でも一緒とは⋯⋯。⋯⋯いや、普通は逆か?
⋯⋯オレも相当に感覚が麻痺してきているかもしれない。
「ええと、市間さんはどうしてここに?」
「うん? えっと、お母さんのお使いだよ」
「そうなんだ⋯⋯」
「うん。そういう、東くんは、どこかへお出かけ?」
「あ、うん。最近虫が多くてね。殺虫剤が切れたから、ついでに買い物を⋯⋯」
「そうなんだ⋯⋯。じゃ、じゃあ、目的地は同じ⋯⋯なのかな?」
「そうなるの⋯⋯かな?」
「うん。わたしも、あそこのスーパーに行く、ところだったから」
「そっか。⋯⋯それじゃ、同じだね。⋯⋯一緒に、行こっか?」
「⋯⋯うん!」
よし、上手く誘えた!
これは、実質デートなのでは?!
「ごしょさん。わたし、東くんに誘われちゃったよ〜。嬉しいなぁ〜」
うん。
(普通のデートとは何か違う感じだけど、別に良いや!)
オレは深く考えない事にした。
それから、二人仲良くスーパーへとたどり着いたオレたちは、互いの買い物のためにしばらく別行動を取った。
先に買い物を終えたオレは入り口で少し待っていると、別の買い物袋を持った市間さんがパタパタと駆け足でやってきた。
「ごめんなさい! 遅くなっちゃった」
「大丈夫大丈夫。全然待ってないよ」
「そ、そう? えへへっ⋯⋯」
か、可愛い⋯⋯!
というか今のやり取り、なんかこう、恋人っぽくなかったか?!
このやり取りが出来ただけでも、クソ暑い中無理やり外出した甲斐があったというものだ。
「それじゃ、行こっか」
「うんっ!」
そうして、オレたちは取り留めのない会話をしながら共に歩き、とても幸せな一時を存分に味わった。
しかし、至福の時間もいずれは終わってしまう訳で。
気づけば、あっという間に最初に出会った分かれ道についていた。
「それじゃ、オレはこっちだから⋯⋯」
「あ、うん⋯⋯。⋯⋯東くんっ」
「な、何かな?」
改めて呼ばれ、思わず硬直してしまった。
中々、女の子との付き合いも慣れないもんだなぁ⋯⋯。
「今日は、ありがとう。休みの日だけど、出会えて嬉しかった」
「そんな⋯⋯。オレもだよ」
「そう? えへへ⋯⋯。全部、ごしょさんのおかげだねっ」
「ハハ、そ、そうだね⋯⋯」
(いや、さすがにごしょさんは関係なくないかな⋯⋯?)
とは口が裂けても言えないオレ。
余計な一言で空気を乱すような事など、小心者のオレに出来ようはずも無い。
「東くん、ほら⋯⋯。ごしょさんの頭、撫でてあげて?」
「へ?」
何を考えているのか。
何の脈絡もなく唐突に、市間さんはマイバックからごしょさんを取り出してオレ前に差し出してきた。
⋯⋯予想外の展開となってしまった。
目の前のごしょさんの半月上の瞳が、じっとこちらを見つめている。
⋯⋯この目、怖くて苦手なんだよなぁ。
ちらっと市間さんの顔を伺う。
市間さんは瞳をキラキラと輝かせ、「さぁ、どうぞ!」という心の声が表情に現れて聞こえて来るようだった。
恐る恐る手を伸ばし、そっとごしょさんの頭に触れた。
───汚い手で触んじゃねえよ、クズムシ野郎。
「?!!!」
慌ててばっと手を話した。
「⋯⋯?」
気のせい、だろうか?
この人形、喋ったような⋯⋯?
「ごくり⋯⋯」
真偽を確かめるように、もう一度そっと触れてみた。
───けっ。サエの手前見逃してやるが、泣かせたりしたら呪い殺すぞ。このゴミムシが。
「⋯⋯⋯⋯」
一通り撫でた後、そっと手を引っ込めた。
「ふふ、良かったねぇごしょさん。東くんに撫でてもらえて。それじゃあ、また学校でね」
「あ、ああうん。また⋯⋯」
そこでオレは市間さんと分かれた。
「⋯⋯」
次から、どういう気持ちでごしょさんと向かい合えば良いんだろう⋯⋯。
オレはこの後、何とも言えない気持ちで帰路についた。




