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【第6部】第14話 監視塔

監視塔の門前に立つ。


風は乾いている。

石壁は変わらない。


だが――


視線が違った。


槍を構えた兵が、こちらを見る。

その目は警戒。


だが同時に、

どこか迷いがあった。


俺は立ち止まらず、口を開く。


「イロハだ」


一瞬。


空気が止まる。

兵が、互いに視線を交わす。


「……確認する」


一人が奥へ走った。


残された兵は、無言のまま槍を下げない。


だが――

踏み込んでもこない。




数分。




やがて、奥から声が飛んだ。


「通せ」


槍が、わずかに退く。


「……どうぞ」


「どうも」


俺はそのまま中へ入った。






案内されたのは、応接室だった。


石の壁。

簡素な机と椅子。


椅子に腰を下ろす。


「……軟禁された時と大違いだな」


呟きは、誰に向けたものでもない。


静寂。


そして、扉が開き、

部隊長が入ってきた。


足取りは硬い。


「久しぶり……であります」


俺は眉をひそめた。


「なんだそれ?」


部隊長は一瞬だけ目を逸らす。


「……上からの通達だ。一応な」


「なるほど」


短く頷く。


「で?その内容は?」


部隊長は、間を置いて言った。


「“貴殿の指示を最優先とせよ”……と」



沈黙。



「不本意そうだな」


「……」


否定はない。


俺は背もたれに体を預けた。


「今は戦時中だ。塔も忙しいだろ」


部隊長の目がわずかに動く。


「要件だけ言う」


「聞こう」


「船の手配を頼む」


「……どこまでだ」


「人間領、ロカ・フォルテの国境付近」


部隊長の表情が固くなる。


「……戦時中だ。難しい」


「なら手前でいい」


間を置く。


「少しでも近づけてくれればいい」


部隊長は黙る。


数秒。


やがて息を吐いた。


「……話を通してくる。少し待て」


「任せる」


部隊長は踵を返しかけ――


その時、

俺は何気なく言った。


「“アイアン・パスティ”食ったか?」



一瞬の沈黙。



「……食った」


「美味かっただろ」


「……否定はしない」


わずかに、間。


「厨房に行け」


「?」


「お前が教えた兵がいる」


俺は立ち上がった。


「そうか」






厨房は、

あの時と変わらない場所にあった。


扉を開ける。


熱と匂いが流れ出る。


油。肉。焼けた小麦。



――いい匂いだ。



中では、数人の兵が手を動かしていた。


そのうちの一人が、顔を上げる。


目が合う。


一瞬の空白。


次の瞬間。


「……あっ」


手を止める。


「あなたは……!」


俺は首を傾げる。


「覚えてるか?」


兵は、はっきりと頷いた。


「覚えてます!」


周囲の兵もざわつく。


「あの時の人間だ」


「アイアン・パスティの……」


俺は鉄板の上を見る。


丸みを帯びた焼き包み。

表面は、綺麗に焼き色が付いている。


「……出来てるな」


「はい。今では行軍の標準食です」


「そうか」


兵が少しだけ照れたように笑う。


「……少し、調整しました」


「ほう」


「中身、少し変えています。あと火の通し方も」


一つを手に取り、差し出す。


「是非……!」


俺は受け取る。


一口、齧る。


外はカリッと、中はしっとり。

肉汁が広がる。



――変えたのは、香辛料か。



飲み込む。


兵が、固唾を飲んで見ている。


俺は言った。


「楽しいだろ?」


「……え?」


兵が目を瞬かせる。


俺はもう一口齧る。


「作るのが」



沈黙。



兵は、ゆっくりと頷いた。


「……楽しいです」


言葉に、迷いはなかった。


「料理人が楽しいと、食べる奴は喜ぶ」


兵は静かに笑った。


「……思ったんです」


手を握る。


「いつか、自分の店、出したいって」


周囲が静かになる。


「絶対、出します」


俺は無言で近づき――

その頭を、乱暴に撫でた。


「なっ!?」


「その時は連絡しろ」


兵が目を見開く。


「必ず食いに行く」


一瞬。


兵の顔が崩れる。


「……はい!」


強く、頷いた。






厨房の音が戻る。


鉄板の音。

笑い声。


俺は壁にもたれた。


「……悪くないな」


誰に言うでもなく呟く。


外では、戦争が続いている。


だが――


ここには、少しだけ違う空気があった。

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