第8章-5 SIDE A-③:行った場合
七月一日異動の発表で残留が決まった事を受け、翌日の土曜日に和可菜といつもの場所で落ち合う予定を組んでいた。
前日には電話で結果を告げていた為、後は予定通り九月九日の式に向けての準備を、着々と進めていくだけだ。
それに先週は判田と会う為、式場との打ち合わせやドレス合わせをキャンセルしていたので、そちらも済ませなければならない。
だが待ち合わせ場所に向かう途中、和可菜から電話が掛かってきた。どうしたんだろうと首を捻りながら出ると、彼女は泣き出しそうな声で言った。
「ごめん。今日の予定はキャンセルして。警察に行かなくちゃいけなくなったから」
驚きの余り一瞬絶句したが、慌てて尋ねた。
「どういうことだ。どうして和可菜が、」
そこまで話した所で、男の声が聞こえて来た。
「ああ、すみません。県警の阿川です。今、後田さんと一緒にいましてね。スピーカーにしてお電話させて頂きました。色々お伺いしなければならない点がありまして、これから署までのご同行をお願いしたところです。綿貫さんと待ち合わせをしているとお聞きしました。申し訳ありませんが、そちらの予定は後日にして頂けますか」
「な、何を色々聞きたいというんですか。俺も彼女も、これまで散々喋ってきたでしょう。それにあの件は判田が犯人じゃないんですか」
「実はその件で、改めてお聞きしなければいけなくなりましてね」
「どういうことですか」
「詳しくはこれから署でお話させて頂きます。話の内容によっては、綿貫さんにも伺うことになるかもしれません。もしお時間があるようでしたら、宜しければ署まで来て頂けると助かります。何もなければ、後田さんのお迎えだけで済むでしょうし」
もしかすると、判田を貶めようとしたのが拓雄達だと気付かれたのだろうか。それでまずは和可菜に事情聴取し外堀を埋め、拓雄を逮捕しようと企んでいるのかもしれない。
そうだとしたら、事実を知る和可菜が警察の追及をかわし続けられるとは思えなかった。
彼女は拓雄が突き落としていないとの言葉を信じたはずだ。それなら嘘を付くより、事情さえ説明すれば逮捕という最悪の事態は避けられる、と考えてもおかしくない。
ここまでか。拓雄は観念した。
和可菜に事情を打ち明けた時点で、こうなるケースも覚悟していた。証拠隠滅と言われかねない行動や、噓の証言をした点は責めを負うだろう。
また判田のリュックにスマホを忍び込ませ、警察に密告電話を入れ犯人に仕立て上げようとしたことも、言い逃れは出来ない。
ここまでくれば必死に隠したり、歩が意識を取り戻し嘘の証言をされたりするよりは、その前に自首をした方が後々を考えれば最善だ。
もちろん警察がどこまで信じてくれるかどうかは分からない。それでも事実は一つしかないのだから。
元々、誤魔化そうと思いついたのが悪かったのだ。救急車を呼んだ時に最初から事情を話しておけば、例え警察に疑われたとしてもここまで拗らせることはなかっただろう。和可菜が巻き込まれることも無かったし、一課の業績を上げる手助けなどしなくても済んだのだ。
とはいえあの決断と行動があったから、今回の七月一日付異動で名前が挙げられず留まるようになったとも言える。さらに本部長から期待され、高い評価を受けたのも事実だ。
しかしそれは嘘偽りの上に成り立った、脆い砂上の楼閣に過ぎない。いずれは崩れ落ちる運命ならば、最初からそんな場所に立たなければ良かった。後悔先に立たず、である。
あの時もそうだった。そもそも歩の呼び出しに応じるという決断をしなければ、こんな目に遭わずに済んでいたのだ。そして会ったとしても、彼女と冷静に話ができれば、揉めることも無かった。例え彼女が階段から落ちたとしても、正直に打ち明けてさえいれば。
人は日々多くの決断をする生き物だ。その一つ一つはほぼ全てが己の責任である。人は過ちを犯す生き物だともいう。よって人としての価値は、その後どう行動するかにあるとさえ言うではないか。
過ちて改めざる是を過ちと謂う、との言葉だってある。間違う事が悪いのではなく、それを反省せず改めない事が間違いだという、孔子の教えだ。
拓雄は選択を誤った。そしてその後の行動も間違えた。よって今こそ反省し悔い改める時なのだ。そう踏ん切りをつけ、城東署へと向かったのである。




