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藍より青く染まりて曰く  作者: ねるこ
第零部 前日譚 不良娘はいかにして過ごすか
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10. パトロンの身代わり依頼

 新学期が始まる、少し前のこと。

 実家から様子を見にやって来たグレインが領地へと帰るのを見送り、エドワーズの研究に出資してくれそうな知り合いをあたり、良い感じに話がまとまりそうだと感じていたアルシェスタは、相も変わらず忙しない日々を送っている。

 貴族としての社交・経営者としての実務・夜遊びと裏の社交。この三つをバランスよくこなしているアルシェスタが、足を止めている時間はほとんどない。


 そんなある日のこと、アルシェスタの元には、突然ウルズ大公から緊急で頼みたいことがあるという書簡が届き、がらんどうになったクラブの奥、VIPルームへと彼を通すこととなった。

 このクラブは彼にとっての隠れ家も同然で、よく怪しい商談相手を連れ込んでは、VIPルームで酔っぱらっている。彼にとって、秘密の相談事がある際にこのクラブのVIPルームを使うのは決定事項のようだ。

 まぁ、ここに出資してるパトロンの中で王弟と険悪な人間はおらず、かくいう彼らも王弟と同じような使い方をしているので、きっと誰も互いに指摘しないだろう。


「アルス。ごめんね、急に呼び立てて」

「構いませんが、珍しいですね。いつもは私のやることなすことを面白おかしく眺めているだけのあなたが、私に頼み事とは」


 ウルズ大公は、基本的には世話を焼いてくる。現国王の戴冠時、国王の女癖の悪さが問題視され、少しいざこざがあったのをきっかけに、ウルズ大公は兄に叛意なしと示すために伴侶を娶らないことを堂々と宣言している。

 であるから、伴侶も子もいない訳なのだが、それ故にアルスを己の子のように思っているのかもしれない。出会いから溺愛までがどうにも早すぎたような気がした。

 王弟も人の子なのだと思いながら、度が過ぎるスキンシップはないので好きなようにすればいいと思っていた。


「正式な発表は二日後なのだが、実は、国内で光属性の魔術を使える子が見つかった」

「光属性の……それはそれは」

「アルスの持つ闇属性の才能も希少なものだが、光はそれを上回るからね。記録上、現存する光属性の使い手はこの国にはいない」


 魔術には属性があり、基本属性は地風火水、そして光闇の六属性。そこから応用属性として、雷や氷などを合わせ、その数はさらに膨れ上がる。

 平民には、通常基本属性から一属性の適性がある。貴族だと平均二属性。通常の人間は、基本属性のうち地風火水のいずれかを適正として持つ。

 光は太陽神ソル・デューの恩寵、闇は月の女神ルナティレーズの恩寵の力とされ、これらは他の四属性に比べてかなり希少だ。

 アルシェスタの適性は、基本属性が水風闇の三属性。応用として、氷と影の合計五属性を適正として持つ。生まれ持っての才能である基本属性と、修練で得られる応用属性を合わせた属性数の多さが、そのまま魔術師としての腕として扱われる。

 五属性はずばり「優等生」である。宮廷魔術師レベルになると、たいてい九~十ほどの属性を持っているようだ。


「件の光属性を持つ乙女の名は、リリーナ・シルファス」

「シルファス――男爵家にそんな名前があったような」

「流石はアルス、よく知っているね。シルファス男爵家は、現男爵の奥方が若いころに急逝されてね。孤児院から子どもを養子にとって育てているそうだ。ただ、シルファス男爵家はここ最近事業が下降気味で、当代を最後に貴族位を返上する予定だと聞いている」


 たまたま祖父や親の代で叙爵され、貴族としての生活を維持できないまま、気が付けば財産がなくなり、爵位を返上するケースはよくある。貴族の爵位は、それがそのまま上位の身分証明になるが故、平民に比べれば税が割高だ。数代続けて事業を成功させなければ、なかなか数代続くような貴族家にはなれない。


「しかし、そんな男爵家の養女であるリリーナ嬢が、最近になって光属性の魔術の素養を開花させた。たまたまそれを目撃していた近衛が素早く陛下に報告に上がり、王家の方で最速で認知ができた。これは僥倖だ」

「でしょうね。希少な光属性の使い手――金の成る木です。ろくでもないのに目を付けられたら、彼女の今後の人生が破壊されかねない」

「まぁ、貴族や国に目を付けられた時点でお察しなのだけれど。彼女のことは、国で保護することになった。二日後の迎春会(げいしゅんかい)で、国王陛下から直々に発表がある。これにより、貴族の無用な接触を彼女から遠ざける予定だ」

「なるほど……そのあとは?」

「彼女には最低でも王宮勤めの魔術師――宮廷魔術師の席を無条件で認める予定だ。が、貧乏男爵家の養女である彼女は貴族社会からほど遠いところで育ち、夜会への参加経験もない。であるので、春から1年間、王立学院に転入することになった」


 大公の言葉に、アルスは目を丸くした。

 ほんの少しの空白の後、アルスは続けて問いかける。


「同級生でしょうか」

「いや、一つ上だ」

「一つ上に、さらに光属性の使い手も編入ですか……」

「言いたいことは分かるが、まぁ、こういうのは重なるものなんだろう。それでね、アルス。彼女が貴族社会に馴染むにあたって、必要なものがある。それは、経済的な支援だ」


 アルスは頷いた。貴族社会で暮らしていくには、とにかく金がかかる。

 みすぼらしい洋服など身に纏おうものなら、次の茶会や夜会の際には嘲笑の的にされる程度には。

 生活費、服飾費、美容費、交際費、エトセトラ。これらを、下降気味の貧乏男爵家で賄うのは不可能に近いだろう。

 つまり、必要なのはパトロンの存在、ということになる。


「国で光属性の使い手を保護することに決めたのは確かだが、彼女は男爵令嬢だ。王家が直接的に介入すると、高位貴族や周りの貴族家からカドが立つ」

「まぁ、男爵家ごときが、なんて心無い言葉をぶつける御仁はいくらでもいるでしょうね」

「そう。だからね、私が持つ三つ目の身分を使うことになったんだ。これは王の勅命でね」

「三つ目……」


 ウルズ大公、ベルザンディ伯爵。この二つだけでも十分だと思っていたのに、まだ爵位を隠し持っていたか。アルスは目の前の御仁が、あといかほどの武器を隠し持っているのかが気になったが、調べれば自分もただでは済まないので、好奇心を押し込めた。


「スクルズ子爵、という身分がある。これを使って、リリーナ嬢のパトロンになる予定なんだ」

「子爵ですか。確かにそれなら、カドが立ちにくいでしょうね。男爵家の支援元としては不自然でない」

「ああ。しかし、リリーナ嬢は貴族社会に慣れていない人物だ。彼女には、相談できる人物が必要だ。経済的支援をしてくれる人間は、それになり得やすい」


 そこまで聞いて、アルスは何となく、彼の頼みごとの内容を察した。大公は黒髪を後ろへと払いながら、アルスを見つめて告げた。


「名前と支援だけなら、私が手を回せばそれで事足りる。私には結びつかないように工作もできる。しかし、彼女の前に姿を現すとなれば話は別だ。恐らくどこかから、私の関与を疑われる」

「……でしょうね。大公閣下が男爵家に出入りなどしていれば、誰かが気づくでしょう」

「そこで、彼女の相談役として、スクルズ子爵を名乗り、パトロンの代理をする第三者を立てることになった」

「……話の流れ的には、それを私に、ということですね」


 理には適っている。

 この手の工作員は、裏の社会に顔が利く人物であることが前提だ。もしも不利益が生じたとき、もみ消しが素早く行うには信用が必要だ。

 アルシェスタならば学院でも彼女の動向を監視できる。何かあればこっそりと対処に回ることも可能だろう。

 何よりも、アルシェスタの男装という特技と、紳士としての振る舞いができることは、架空の人物を仕立て上げるうえで、工作員の不利益になりにくい。


「リリーナ嬢は人見知りらしくてね。それと、パトロンという言葉に、性的な交渉を前提とした支援関係だという偏見を持っている」

「おやおや。随分と純粋な子みたいですね」

「ああ。だからそういうことを求めない人物であるという視覚情報が必要だ。アルスなら、弟のような愛らしい紳士を演じられるだろう。彼女の警戒を解いて、相談相手となれる人物像が好ましい」

「そのあたりを全部満たせる協力者が私しかいなかった、というわけですね」

「そういうことだ。本来ならば、私と君との関係は実業家と支援者という関係で、国の政務を補助して貰うような関係ではない。しかし、光属性の使い手を操り、権力を乱用して国を乱す輩は、歴史書を紐解けば枚挙にいとまがない。やっと、国は安定してきたところだ。光属性の使い手に、変な虫を付けたくない。君に不利益がないように、できる限りの手を回し、厄介ごとはすべてこちらで処理すると約束する。君はパトロンの少年紳士を演じ、彼女の学院生活を見守ってくれるだけでいい」


 大公は、いつもの軽薄な雰囲気とはかけ離れた、至って真剣な瞳を向けて、アルスへと乞うように告げた。


「引き受けて貰えないか」


 実のところ、アルスは大公の願いを叶えるのはやぶさかではない。

 というかむしろ、恩を返せるタイミングはいつでも窺っている。この大公はへらへらとしているように見えて、実は裏でアルスに不利益を齎そうとしている人物の手を、何度も叩き落している。

 彼の庇護のもとにある自覚はあり、だからこそアルスは1年という短い期間で裏の社交場で大きな力を持つことになった。基盤を整えるにあたって、最短の道を示してくれたのは彼だ。

 そんな彼が、自分に乞うように願いを口にするということは相当に緊急の用件だ。アルスはそう考え、いくつかの可能性を吟味したうえで、頷いた。


「……分かりました。その依頼、お引き受けします」

「そうか……ありがとう、アルス」

「貴族社会に少しばかりいい印象を抱いていない身としては、世間知らずの少女があの茨の檻へ放り込まれるのに同情してしまいますので」

「はは、そうだったね。その割には、社交場で見る君の姿は堂々としていて、素晴らしいと思うけれどね」

「あは。大公閣下だって、私が優れた俳優だからこそ声を掛けてくださったのでしょう?」


 「演じる」ことは得意だ。

 常に「令嬢」を演じ、「紳士」を演じているアルスにとっては、それは日常だった。


「報酬は別途用意する。性急で悪いが、明日の夜にシルファス男爵家に挨拶に伺い、彼女に式典用のドレスを届けて貰う手はずになっているから、準備をしてくれるかな」

「分かりました。エリーゼ、スケジュールの見直しを」

「はい。かしこまりました」

「商談も会食も入ってなかったよね」

「問題ありません。こちらで組みなおして済む程度の変更です」

「ありがとう。よろしく」


 大公からは不思議な依頼を受けることとなったが、アルスにとっては、父親のように仕事を見守ってくれる人への恩返しの機会だった。どのような少年紳士に変身しようかと、それを考えながら、その日は夜遅くまで大公との打ち合わせが続いた。

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