第一章 プロローグ3 女神学園
「ねぇ、お願いよ。私の言う事を聞いて、真央」
椅子に座りながら、甘える声で、私の姉、瀬那麻里は、一枚のスクリーンを見せて、懇願してくる。
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女神学園所属 夢の悲願者
二年 風紀委員長 瀬那真央
貴殿に、一年 涼風司、柊佳織
二名の教育係を命ずる
女神学園所属 戦闘の豪遊者
三年 生徒会長 瀬那麻里
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「嫌に決まってるだろ! 誰が、こんな事するか!」
当然、拒否である。
ただでさえ、風紀委員で取り締まり等があって、忙しいのに、こんなことをしている余裕は、私にはない。
「えぇ……そこを何とかお願いよ! お姉ちゃんの言う事を聞いてよ」
再び、猫なで声でお願いしてくる。
本当に、うっとおしい姉だ。一つ一つの仕草が、私にストレスを与える。
他の人から見たら、美少女で、スタイルの良いから、その仕草が最高なのだろうが、私にはそれが不愉快でしかなかった。
何故なら、姉は腹黒く、事あるごとに私を利用しようとするからだ。
それに、
「どうせ、また自分の楽しみの為にこんな要件、持って来たんだろう?」
姉は、私が人間なのに、大して神人だ。どうせ、自分の楽しみの為にやっているだけだろう。
「あら、ばれちゃったかしら? 結構、演技したつもりなのに……」
嘘を吐け。
最初から、欲望丸出しだっただろう。てへっと、舌を出すその姿、ああ、イライラする。
ホント、最初に、
『大事な話があるわ。今すぐ、生徒会室に来て』
偉く真剣に電話で呼び出すから、少し心配になったが、やっぱり自分の為だった。少しでも、信用とした私を殴りたい。
「もう、そんな怖い顔しないでよ~。しょうがないじゃない、これって、神人の性だし。自分の為に、誰かを利用して、何が悪いの~」
少し顔を高揚しながら、私に悪びれることなく話す。
本当に、気に入らない姉だ。
私が、いつまでも姉を睨み付けていると、冗談よ、軽く呟いてから、私に先とは異なるスクリーンを見せる。
「今、私達の女神学園って、他の学園との序列争いで、負け続けているのは知っているわよね?」
スクリーンに映し出されたのは、今姉が話していた日本の学園の序列争い、現在の様子だった。
ここ、最近では、神人の中でも優劣を競い合うようになり、そこから始まったのが、序列争いだ。
日本には、戦闘遊戯を必須科目、行事として取り入れている学園は、十五校ある。その中で、上位を争っている。
そんな中、女神学園の順位は、十三位。着実に、最下位へと近づいている。
「ああ、知っているが…………それが、どうした? さっきのと、関係があるのか?」
残念ながら、私には、姉のお願いとの接点が見つけられなかった。とても、関係があるようには、思えなかった。
すると、姉は少し拗ねたように話を続ける。
「関係あるわよ~私は、そこまで意味のない事は話しません! どうしても、女神学園は頂点に立ってほしいのよ……」
その為に、彼らの教育係をやらされるのか……? そんな事して、いったい何の意味があるのだろうか。少し考えてみる。
そこで、ふと。
「なあ、姉さん? もしかして、この二人を、戦闘遊戯祭を出すつもりなのか?」
戦闘遊戯祭とは、今から二か月後に開催される、現在誰もが優勝を取るために切磋琢磨する祭典のことだ。
話が戻るが、序列争いは、学園に与えられるポイントによって、順位が変動する。
その内訳は、学園の教育、環境、生徒個人の成績など沢山あるが、その中で一番大きく影響してくるのが、戦闘遊戯祭だ。
それに、優勝した者達は、ポイントが他の採点とは馬鹿にならない程手に入る。個人的には、賞金が1000万円と神人の猛者達への挑戦権が与えられる。
学園に貢献も出来、そして神人の猛者達と闘い、勝てば自分の願いが叶うという美味しい待遇が待っている。
それゆえに、戦闘遊戯祭に向けて、どの学園も万全の準備をしているのだ。そんな戦場に、不確定要素が大きい彼らを参加させるのは、無茶がある。
だが、その無茶を淡々と口にした。
「ええ、そうよ、私は、彼らを参加させる。よく分かったわね、真央。頭を撫でてあげようか?」
「止めろ、気持ち悪い。それより、本気なのか?」
真剣な表情で、姉は頷く。
どうやら、冗談ではないらしい。参ったな、これは。
「本気なのは、よく分かった。だが、彼ら以外にも適役な人物はいると思うが? 優勝を狙うなら、彼らよりもよっぽど勝てる可能性の生徒を――――」
「駄目よ、彼らじゃなければ」
不意に、姉に言葉を遮られる。そんなに、彼らが優勝するために必要な人物なのか……?
最初に見た、スクリーンと彼らのデータを確認する。
涼風司。女神学園高等部一年、所属夢の悲願者。これだけ見れば、普通なのだが、あいつは何かと中等部二年の後半から、突如様々な問題を起こすようになり、今は完全に問題児扱いだ。
学園、授業の無断欠席、器物損害など数えれば、沢山出てくる。
あいつを使う理由なんて、どこにあるのか。
そして、もう一人、柊佳織。女神学園高等部一年、所属戦闘の豪遊者。つまりは、神人の生徒という事だ。ただ、学園一の落ちこぼれと呼ばれ、成績が芳しくなく、噂だが、最近退学宣告をされたとか。別の意味で、彼女も色々と問題だ。
それに、神人である彼女を出す理由が分からない。
「さすがに、そこまでは頭は冴えないか……なら、理由を教えてあげようかしら」
私が、思考しているのが飽きたのか、そう呟いた。
だったら、最初から語ってほしいものだが。
「理由は、ズ・バ・リ! 彼らの潜在能力よ!」
「潜在能力……彼らにそんなのが……?」
何か、隠し持っているとは想像できない。
「彼らの事情を、最近色々と調べていたのよ。そうしたら、面白いのが出てきたのよ」
そう言って、姉は小悪魔のような笑みを浮かべると、私に新しいスクリーンを突き付ける。
「こ、これは……」
それは、彼らの生まれてから現在に至るまでの報告書だった。
今は、一人一人の生活の記録が、神人によって記録されているようになっている。そんな事が出来るのも、神人の固有技能の力らしい。
もちろん、そんな個人情報は、普通なら見れない。だが、目の前に姉はこの学園の生徒会長。とんでもない権力を持っているのだ。
「まずは、司君の方ね。彼、生活の記録を取られているはずなのに、所々情報が無いの。特に、今から二年前の夏からの情報が全くないの」
確かに、眺めると所々文字化けしたりとか、穴があったりして、情報がよく分からない。
特に、姉の言う通り、今から二年前の情報が。
「この空白の二年ってね、あの伝説に当てはまらない?」
「伝説って、まさか……?」
神人達を打倒したという、ある人間の話か……?
「あり得ないだろう、どうしてアイツがそんな伝説を打ち立てるんだ……?」
「ふうん、幼なじみ(・・・・)である真央ちゃんまで、そんな事言うんだ~」
残念そうに、姉は呟く。幾ら何でも、夢を見過ぎた。
そんな事があるわけがない。確かに、あいつは二年前の夏、姿を消していたが、それも二か月後には、戻って来た。だから、関係があるわけがない。
「でもさ、本当だったら、とんでもない事になると思わない? 優勝も間違いなしだって! それに、話変わるけど、佳織ちゃんの方は、とある事情で能力が使えなくて、落ちこぼれているだけだし。解放してあげたら、きっとビックリするくらい強いはずだよ」
「だが、それも全てもしもの話だろう? とてもじゃないが、付き合いきれないぞ、さすがに」
聞いていたこちらが馬鹿だった。今、話していた事が本当だとしても、私が無駄に苦労するだけだろう。司と柊は、そっとしておいた方が良い気もしてきた。特に、あいつ、涼風司は。
「悪いが、忙しいから、ここで、私は――」
適当に理由を付けて、生徒会室を去ろうとした。
だが、姉の力によって、それは叶わなかった。
「別にいいのよ? 力で従わせても、それも大好きだし」
生徒会室の扉が一瞬に凍って、そして部屋の中も氷に包まれた。少し、頬を染めながら、私にライフルを向けながら、近寄ってくる。
「まったく、これだから私は、姉が嫌いなんだ。ここまで、やるぐらい大事か?」
「ええ、そうね。これは、私の楽しみだけでなく、人生が掛かっていると言ってもいいわね」
高揚しつつも、トーンの下がった声で語りかけてくる、姉は本当に苦手だ。
何もかも見透かしたような目で私を見て、利用してくる。それでいて、私よりもスタイルが良くて、そして、私よりも一回り、いや二回りも胸が大きい。本当に厄介な姉だ。
今、姉の抵抗しても、人間である私に勝機はない。命を懸けて、頬に傷一つ与えられるぐらいか。圧倒的差が、そこにあった。どうして、姉妹であっても神人と人間で扱いが、違うのだろうか。
全く、昔の神人が人間に無理やり異能の力を与えるから、こんな変な事が起こる。
「はぁ……分かったよ、やればいいんだろう」
ため息交じりに、姉の要望に応じる。
すると、周りにあった、氷が一瞬のうちにして消え去った。もちろん、生徒会室の扉も元通りだ。
「物わかりの良い妹を持てて、姉ちゃん、幸せよ?」
「どの口が言う、仕事は引き受ける。もう、行っていいよな?」
くそっ、ストレスがこれでまた増えるじゃないか。
帰ったら、銃の研究に没頭しようと思っていたのには、これでは無理そうだ。
「うん、いいわよ。お疲れ様、いや、ここはよろしくね~かしらね?」
「そんなのどっちでも、いいだろう。それじゃあ、失礼するぞ」
最後に姉を軽く睨み付け、私は生徒会室を後にした。