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第一章1 学園一の問題児

「…………て、……きて、起きて、司!」

 うん? 誰だ、俺の睡眠を妨げる奴は。頼むから、寝かしておいてほしい。

 なんせ、今は、中庭で一番よく日が当たり、心地よく寝られる時間だ。ここを、逃しては、快眠を得るのは、難しい。

 


「…………」

 だから、俺は必死で寝ているフリをする。

 しかし、

「ねぇ、起きてよ……お願い、司」

 俺を起こそうとしている邪魔者は、ついに体を揺らし始めた。

 くそ、引いていくれないのか……。仕方がない、一度睡眠を邪魔する犯人の顔を拝むことにしよう。



 そう思い、俺は片目をそっと開ける。

 すると、

「…………!」

 見るだけで、俺を癒やす天使様がいた。うん、今日も可愛いな!

 困った表情で、どうやって俺を起こそうか、悩んでいる。まったく、誰だよ、さっきまでこんな天使を厄介者扱いした奴は。



「ねぇ、お願いだよ……司。僕、君に起きてもらわないと……困るよ」

 え、何その少し潤んだ目は、惚れるわ。

 どうしよう、もうちょっと見ていたいな……。少し、ドS心が芽生える。



「もう、こうなったら、えい!」

 そんな、下らな……いや、大事な事を考えていると、天使が強硬手段に入って来た。

 ぷにぷにと、俺の頬を突き始めたのだ。何だこれ、最高じゃないか。もう、死んでもいいや。いや、死んだら、天使を拝めなくなる。それだけは、駄目だ。



 本当のことを言うと、目は最初から冴えている。今更、寝るつもりはない。ただ、この天使が俺を必死に起こそうと奮闘している姿を見たいだけだ。うん、これだけ聞いていると、普通に変態だ。



 だが、ここで、訂正しておこう。俺を起こそうとしている天使、伊吹雫いぶきしずくは、声はもちろん、容姿も可愛らしいが、男だ。

 そう、俺の前にいるのは、男のおとこのこだ! ちなみに、俺はホモじゃない。至って普通の思春期絶頂、健全な男子高校生だ、ノンケである。



 しかし、そんなTHE普通、男子高校生のハートを奪ってしまうほどの可愛らしさ、持ち得ている。

 大きな目に、小さい鼻、思わず塞ぎたくなるような愛らしい口、女子に負けず劣らず、サラサラな髪。上げれば、上げるほど雫は天使さを増していく。

 そこいらの女子は、敵ではない。

 だから、別に雫を目の保養とするのは、決して間違っていないのだ。



「あの……先輩、司、起きないですよ? ど、ど、どうすればいいですか?」

 凄いワナワナしてる、最高です! 戸惑っている姿もまた、眼福である。って、うん?

 今、雫、誰かと一緒にいるのか?



「雫。どうせ、寝たふりだろう」

「えっ、そうなんですか? つ、か、さ~起きてるなら、起きてよ!」

 うん、怒ってる姿も凄く可愛い。それに、何だか嫌な予感するぞ。

 でも、頬を膨らまして拗ねてる雫をまだ眺めていたい。こんな機会は、めったになく……はないが、それでも逃してはならない、瞬間だ!

 ここを逃しては、男を捨てたと同然だ。



「…………起きないか、それじゃあ、仕方がない」

 そう、悦に浸っていると、俺の顔に何やらひんやりとした感触が。誰かが、俺に何かを向けている。まあ、もう誰かは分かっているんだけどね。

 これは、まずいな。



「おい、涼風司すずかぜつかさ。今から、カウントをする。十秒以内に、跳び起きなかったら、分かるよな?」

 背筋が凍るような低い声で、俺に銃を向けながら、瀬那真央せなまお先輩は、忠告を始めた。あっ、涼風司って、俺のことね。

 というか……えっ、本当に撃たないよね……? ちょっとした、脅しだよね……?

 


 でも、何か雫が真っ青になってるし、これは……。

「ああ、ちなみに、これはハッタリでもなんでもないぞ。起きなかったら、本気で殺るぞ」

 イヤだな~、勝手に人の心を読まないでくださいよ。しかも、殺るとか言ってるし。

 一応、この人、女神学園コスモスの風紀委員長だよね? そんな、野暮のことは……。

 カチャ。銃弾をセットする音が、無残にも聞こえた。



「カウント、10、9、8、7――」

「わ、わ、分かりました! 起きますから、起きま――」

 と言おうとして、俺は頭を乗っけていた場所からすぐに、横へ退避した。

 瞬間、銃弾の乾いた音が中庭に鳴り響いた。中庭でくつろいでいた鳩は、その音を聞いてどこかに行ってしまった。



 隣から、芝生の焦げた匂いがした。

 しゃ、しゃれに、なってない……。

「悪い、暴発したわ……」

「こ、こ、殺す気ですか!? しかも、俺、十秒以内守りましたよね!?」

 この人、絶対ワザとだよ……。



「ご、ご、ごめん。暴発しちゃった!」

 と、瀬那先輩は舌を出して、自分の失敗を詫びる。

「いやいや、そんな可愛いく誤魔化しても駄目ですからね! 俺、避けてなかったら死んでますから!」

 今だって、冷や汗掻いてるし。

「安心しろ、当たっても血が大量に頭から溢れてくるだけだぞ」

「そ、そ、それを死ぬって言うんですか!? 生きた心地がしませんよ、もう!」



 この先輩、恐ろしすぎる……。雫なんて、像みたいに固まってるし。そんな姿も可愛いけど。

「それに、お前に当たっていないんだから、いいんじゃないか。何の問題もない!」

「いやいや、倫理的にアウトです! 当たってたら、どうなってた事か……」

 ああ、本当に死ぬかと思った。瀬那先輩、風紀委員長とは思えないな、まったく。



「それは、仮定の話だろう? 現に、お前はピンピンしてるじゃないか」

「まあ、俺って最強ですからね! 気付いたから、避けましたけど! でも、風紀委員長として、これは由々しき問題です!」

 すると、もう一発。

 乾いた音が鳴り響く。今日、死ぬかも、俺。



「そ、れ、は! お前が言えるセリフか! この、問題児が!」

「ヒイィィっ! すんませんした!」

「ああ?」

 再び、銃口を向けられる。

「本当にすいませんでした……反省してます」

 もう、撃たれたくないので、素直に謝罪をする。

 すると、ようやく銃の恐怖から解放される。さっきまで、ずっと俺脅されていたんですよ……。



「まったく、今日もお前。ろくに授業にも出ず、ここで、油を売っていたのか?」

 先ほどまでは、般若みたいな形相で睨んでいた時よりは、随分と柔らかい表情で尋ねてくる。

「いや、俺はただ睡眠を謳歌していただけですよ!」

「そんな、青春を謳歌しているみたいに言うな! ったく、お前ってやつは……ほら、雫。お前も何か言ってやれ」

 そう言って、瀬那先輩は、雫に俺を叱るように命令する。

 すると、先ほどまでは一切動かなかった雫が生命活動を始める。そうだよな、この先輩怖いよな。我に返った雫は、小さくよしっと言うと、俺の方に寄って来た。



 ジャンピング土下座。

「すいません、俺が悪かったです! 深く反省しています!」

「ま、まだ何も言ってないよ!? と、というか、何も土下座までもしなくても……」

「いや、お前までも巻き込んでしまって、申し訳ないと思ってるから、俺の誠意だ!」

 素晴らしいほど、潔い土下座。額を芝生にゴシゴシと擦り付ける。



「涼風司~随分と、あたしとは態度が違うようじゃないか~殺していい?」

「いや、友達に軽い頼みごとをするみたいに怖いことを言わないでください……」

 再び、鬼の形相。もう、俺、おうち帰りたい。

「本当に、すいませんでした……瀬那先輩」



「はぁ~……、本当にお前という奴は、手間のかかる」

 深いため息を吐きながら、飽きれた声で俺を見る瀬那先輩。そして、犬をあやすような表情で俺を見てくる雫。うっ、理性が……。



 だが、ここは欲望をせき止める。俺をこんな狂気的な事をしてまでも起こす理由が何かあったのだろう。

「それで、一体何の用事があって、睡眠を邪魔したんですか? こんな天使のような子を利用してまで……」

「お前が言うな、問題児」

「そ、そうだよ、司! それに、天使って……また、そうやって、僕をバカにして!」

「いや、決して馬鹿になんかしてない! 雫、可愛いから、つい……」

 そんな事を呟くと、雫の頬が赤く染まる。



「もう、そうやって馬鹿にして! 僕は、男だよ!」

「ああ、男の娘だ! 断じて、変な言葉は使っていない!」

「問題児君~あんまり調子乗ってる、カウント無しで、殺すぞ」

「すいません、もうふざけません……」

 いい加減止めないと、命がいくつあっても足りないな。まあ、実際は一つで十分だが。



「私だって、暇じゃないんだぞ……面倒なことをしないでくれ……」

 だったら、邪魔しないで下さいよ。流石に、口にはしなかった。

「司、今から私と風紀委員室に来てくれ。お前に話したいことがある」

 うわぁ、何だか大変そうな予感。

「そんな嫌そうな顔されても、困る。これに、拒否権はないぞ」

 うん、知ってたよ。



 前から、俺に瀬那先輩から逃亡できる方法なんて存在しないよね。だから、俺はこうしてひっそりと眠っていたのに……。実際は、他にも理由があるけどな。

「分かりました。諦めてついて行きますよ」

「最初から、そうやって素直に従ってくれればいいんだよ」

「いや、大半は瀬那先輩のせいじゃ……」

「ああ?」

「いえ、何でもありません、ごめんなさい」

 そのトーンの低い止めて! 寿命が縮むから。いや、すでに縮んでるかも。



「それじゃあ、行くぞ。雫、ご苦労だった。もう戻ってもいいぞ、授業も始まるしな」

「はい! 後は、お願いします! 司、もうからかわないでよ!」

 瀬那先輩に軽く、お辞儀をし、俺を軽くめっと叱り、中庭から出て行った。それは、約束できないな、ごめん、雫。

 今日は、ご馳走様でした……。



「さっさと、行くぞ、問題児」

「行きますよ、瀬那先輩。それよりも先輩もいいんですか? 授業サボるのは、風紀委員として問題ですよ?」

「だから、お前が言うな! 安心しろ、風紀委員長である私は、大切な用事がある時は、授業を免除出来るんだ。だから、問題ない」

 えっ、何それ。俺にも、その権利下さいよ。

 そんな事を愚痴りながら、俺と先輩は風紀委員室へと向かった。




 

 




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