第36話:ごめんね
「今の、元カレ?」
大樹があたしのそばにきて、静かにそう言った。怒ってるような、でも泣き出しそうな、そんな声に聞こえた。
「大樹、あたし、やっぱり…」
「別に諦めきれてなくたっていいって言ったじゃん。気にすんなよ。」
あたしの言葉を遮るように、少し冷たい声で大樹は言った。これからあたしが何を言おうとしてるのか、たぶん大樹にはわかってるんだろう。
「でも、付き合ってたって何も変わらないし、意味あるのかな…」
「あるよ。堂々とヤキモチだって妬けるし、俺の彼女だから触んなって言ったって変じゃない。そんなんで、今は十分なんだよ。」
胸が苦しくなった。大樹の言葉一つ一つに、あたしを大切に思う気持ちが感じられたから。そして、それに応えられない自分が、情けなくて酷い女に思えた。
少しだけ、大樹が自分自身と重なった。どんなに好きで、もがいても…叶うことのない想い。それでも、諦めきれずにいる。それぞれに一方通行で、交じり合うこともない。きっとあたしたちは平行線のままだ。
「大樹、もう…別れよ?」
「だから、焦んなって。…ヨリ戻そうとか言われたの?」
「そういうわけじゃないけど…あたし、大樹に散々期待させて、甘えまくって、それなのに裏切るかもしれないんだよ。」
いつだってほんとは心ちゃんが上回ってた。そばにいてくれる大樹を1番だと、どうしても言えなかった。
「裏切るって、元カレに戻るってこと?」
「…。」
「ありえないよ。別れたの何年前だと思ってんの?ヨリ戻すつもりだったら、とっくにあっちから連絡よこしてる。ちゃんと、現実見ろよ。」
最後の言葉は震えてよく聞き取れなかった。大樹があたしを傷付けることを、平気で言えるはずがない。いつだってあたしを一番に想ってくれた。
その大樹がこんなセリフを言うなんて…そんなにまであたしは、大樹を追い詰めていたんだ。
「…ごめんね。大樹を好きになれなくて、ごめんね。」
「…ほんとに無理なの?可能性は1%もない?」
大樹は俯いて、とても不安そうに小さな声で尋ねた。あたしは『うん』とだけ答えた。涙が次々に溢れて何も言えなかったから。沢山ごめんねって、ありがとうって言いたい。
心ちゃんに出会わなかったら、きっと大樹があたしの1番だった。でも、これがあたしの…あたしたちの運命だ。