第21話:そういえば
帰りの車の中で、大樹はあたしに何も聞かなかった。ただ、来たときよりも音楽を大きく流して、それに合わせて鼻歌なんか歌ったりしていた。会話がなくてもおかしくない状況を、大樹はうまく作ったんだと思う。でも、そんなさりげない優しさがあたしにはわかってしまうんだ。口に出したら恥ずかしがると思うから、言わなかったけど。
正直、『どうしたの?』って聞いてほしい気持ちも半分あった。
あたしは一人で苦しんでるんだって、可哀相な女なんだって誰かにわかってほしかった。そして、同情でもいいからあたしを甘やかしてほしかった。『頑張ってるな』って誰かに褒めてほしかったんだ。だって、一人じゃくじけてしまいそうだから。もう一度大きな愛情に包まれて、静かに眠りたかった。誰かの優しさに甘えていたかった。そんなのいいことじゃないってわかってるけど。
次の日あたしはバイトを休むことになった。大樹がみんなに『体調悪くなったみたいだから』って嘘をついてくれたらしく、その手前普通にバイトに出るのはちょっと気が引けた。大樹もそれをわかっていたから、あたしとシフトを交換してくれたのだ。お世話になってばかりで、本当に申し訳ないと思う。
急に休みになったおかげで、あたしはなにもすることがなく家でぼーっと過ごしていた。
夕方近くになって、香からメールがきた。
『体調大丈夫?』題名にそう入っている。今日休むことを今知ったんだろう。『昨日ゆっくり休めた?今日会ったら報告したいことがあったんだ。』その先はなんとなくわかった。『休みみたいだから、メールで報告。昨日から小鷹と付き合うことになったよ!』予想していた通りの内容だった。昨日大樹が言っていたことは、本当だったらしい。あたしはすぐに『おめでとう』のメールをした。それから数分後、千明ちゃんからもメールが届き、こちらもうまくいったことが報告された。
みんな、幸せになろうね。そんなことを考えながら、ふと大樹の顔が浮かんだ。そういえば大樹は誰か好きな人いないのかな。みんなで幸せになりたいから、大樹の応援もしたいけど…何しろ大樹の好きな人なんて聞いたことない。いつもお世話になってる分、恩返ししなくちゃ。
お節介って思われなきゃいいけど…。