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「ちわー、ヒューマン・クリーニング・サービス略してHCSでーっす」
「なんだその適当な名前」
蒼生に突っ込みを入れられながら、僕たちは巨大なビルの奥に逃げていく犯人グループをのんびりと追いかける。何かあったら、最悪建物から脱出して外で待機してる狐さんにビルごと消し炭にしてもらえばいいだけなので随分と気が楽だ。珍しく掃除人が総動員してるという事実がこの犯人にとっての運のつきだろう。ビルごと消し炭にするなんて不穏で壮大な手段に出なくとも、このビルに関する監視カメラは全て明紀がハッキングしてしまったので、そこからの指示で玖雲ちゃんが動くこともできるし。……結託してしまえば、かなり敵無しの掃除人である。
「やっぱさー」
「ん?」
「兎さんみたいな感じの犯人って居ないよな」
スマホで明紀からの指示を適当に聞き流しつつビル内部を適当に歩いていると、ポツリと蜂がもらした。その言葉の意味を図りかねるので、僕は黙って続きを待つことにする。
「いやぁ、さ。俺って最初にお前に会ったとき、人生がクソゲー過ぎてつまんねーから死んでリセットして生まれる前からやり直したいとかそんな話したじゃん?」
「ああ……あったな」
そのときは、僕はお前のことを本気で頭のおかしいやつだと思ったよ。とは一応口には出さない。僕なりの優しさだ。もしかしたら、あれはもう蒼生の中で黒歴史となっており、必要以上につつかない方がいいのかもしれないという僕なりの配慮だ。
「それがさ、掃除人なってからってのもあるし、兎さんっつーか、通り魔に出逢ってから、面白れーじゃんって思えるようになったんだよ」
「へぇ?」
「生きる意味を与えてもらえたってやつ?」
「恥ずかしい台詞だな、それ」
「全くだ」
けどまあ、蒼生の言いたいことはよく分かった。確かに、姉さんみたいなタイプの殺人犯などどこにもいないだろう。誰かのためを思って、誰かのためになりながら、快楽と罪悪感を背負って人を殺す。特殊にも程があるだろう。
そんな姉さんはといえば、世間一般では通り魔を捕まえる際に殉職した、という扱いになっている。その通り魔も逮捕する前に死亡してしまったということになったので、年末から世間を揺るがせていた連続通り魔事件はやるせない結果で終わったことになっている。狐さん曰く、全て姉さんの根回しの結果らしい。アフターサービスまで完璧な殺人犯なんて前代未聞過ぎる。
姉さんが情報を操作してそういう結果にしたので、当然のことながら通り魔に関する全てのことは掃除人の手柄となった。お陰で掃除人は解散の宣告を受けることなく、こうして今日も元気に活動している。元気すぎる、とも言えなくもないが。
逃げることを諦めたのか、犯人グループのうち一人が僕たちの前に現れる。そして、なにか滅茶苦茶なことを叫びながら、僕たちに黒く光る銃口を向けていた。
ぞわり、と背筋が反応する。
「火気厳禁ですー」
足がすくみ、冷や汗が出た。しかし、それ以上悪いことは起こらずに、それ以上悪いことが起こる前に何処からともなく現れた玖雲ちゃんが相手を思い切り蹴り飛ばしていた。その格好はいつものゴスロリドレスだ。動きづらくないのだろうか。
「……ありがとう、助かったよ」
「お礼は後でふんぞり返ってる明紀君にどうぞです。くもは一仕事終えたのでまた戻りますが……えっと、お気をつけて」
そう言って玖雲ちゃんは関節を固め、動けなくなった犯人グループの一人を引きずって何処かへ消えていく。復活される前に引き渡してしまうのだろう。もう、彼が日の目を見ることはなくなったということだ。ざまあみろ。
深呼吸を何度か繰り返し、精神が落ち着いたことを確認すると、僕は残りの犯人たちを探すため再び歩き出そうとする。と、ここで蒼生が僕の顔を心配そうに覗き込んでいることに気がついた。
「大丈夫か? やめたっていいんだぜ?」
「やめないよ」僕はヘラりと笑って見せた。「探し続けるためにもね」
本人の意思によって死んだことにされた姉さんだが、僕たちだけは姉さんが死んでいないということを知っている。きっと今ごろ、他の誰かになりきって新しい生活を始めてる頃だろう。なら、僕たちは、否、僕はそれを探すしかない。
だって姉さんは、壱之瀬紗英は僕の――僕たちの家族なのだから。
The end.




