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結局、食べながらと言いながら実際に話が始まったのは皆が食べ終わって一息ついたあとだった。ハッシュドビーフがとても美味しかったのが原因だろう。仕方ない、仕方ない。
「それじゃあ、最初は俺の話からいこうか」
全員の食器を水につけ終わったのか、流しから戻ってきた渡瀬さんがそう言って席についた。僕たちは渡瀬さんを待って一人も席を立っていない。
「と、言っても簡単な話でね……まず、俺が消えたところから説明すればいいかな。
兎は能力を使って、俺を『人間として存在するもの』と認識するようにしてたんだ。人間として存在する。つまり、『実在する』と言えばいいかな。それが、俺の正体がバレたことでその認識ができなくなった。君たち四人は、俺が『実在しないもの』としてはっきりと認識してしまったんだ。だから、見えなくなったんだよ。
ただね、面白いことに玖雲ちゃんは別なんだ。玖雲ちゃんは俺が地縛霊だと知っても、『幽霊だろうとなんだろうと、そこにいるのは確か』なんて考え方をしたんだよ。言い聞かせて暗示をかけるなんてこともしないで、ストレートにさ。だから、玖雲ちゃんだけには俺がはっきり見えていた」
「というか、くもは最初からきょーじろーが幽霊だと知ってたです。兎さんと話すことがなかったので、くもは暗示にかからなかったです」
「元から霊感がある子だったってところかな。最初は俺のことを掃除人だと思ってくれてなかったらしくて、ずっと『きょーじろー』って呼ばれてたんだ。今もだけどね」
「は、はぁ……」
なんともリアクションのとりづらい話だ。
実在しないと認識したから、実在してないように見えたってところまではなんとかわかったけれど、でも、それだけじゃ今唐突に見えるようになった理由はわからない。玖雲ちゃんと渡瀬さんが凄く仲がいいとかそんな感じのことしか伝わってない。
「なるほど。それで、玖雲ちゃんが今まで通り渡瀬さんと会話してるから、今まで通り渡瀬さんが実在してるように俺様たちに暗示がかかったのか」
「暗示ってほど強いものでもないけどね。俺はずっとここにいるから、『いるかもしれない』って少しでも思えば見えるってだけさ」
どうやら明紀にはすべて伝わっていたらしい。明紀の答えあわせがなければ僕に伝わらなかったのだけれど、これは僕の頭の弱さが原因なのだろうか? ……考えないことにしよう。
「きょーじろーはずっと居たです。兎さんと戦ってるときも。熊くん、思い当たる節はありませんか?」
「え?」
突然話をふられて困惑する僕である。思い当たる節と言われても、特には思い当たらないのが現実だ。はて、何かあっただろうか。
「……ゴスロリドレス。これでも分かりませんか?」
ゴスロリドレス? と一瞬首をかしげかけて、すぐに思い至った。あの突然飛んできた謎のゴスロリドレス(ぼろ布)。もしかして、あれを投げたのが……
「認識されてもらえなくても、ポルターガイストくらいは起こせるからな」
目を見開いた僕に渡瀬さんはカラカラと笑った。そうか……助けてくれたのは渡瀬さんだったのか……確かに、ずっとそばにいてくれたようだ。感謝しかない。今日もこうして夕飯を作ってくれたことだし。
「俺たちの話はこのぐらいだ。それじゃあ次は、誰がいこうか?」
「特に何もない俺がいくよ」
渡瀬さんの声に反応したのは蜂だった。特に何もないのに何を言うつもりなのだろうか。
「名前で呼ぶルールに変更したんだろ? なら、俺の名前を言わなきゃなんねえよな。ついでに俺、全員の名前把握してないから改めて自己紹介といこうぜ」
蜂はそんなことを言う。今気づいたけれど、蜂は何故か眼帯をしておらず、いつもは隠している右目が今日は見えていた。カラコンもつけていないらしく、左右の目の色の違いがはっきりとわかる。普段は隠されている右目は、綺麗な金色をしていた。
「七海蒼生だ。名前で呼んでも構わねーけど、学校は流石に名字で呼んでくれよ?」
爽やかに笑って蜂は僕と明紀を見た。確かに、今まで接点がゼロだった女子の名前を親しく呼んでいたら不信に思われてしまうだろう。気を付けなければ。
「前も言ったけど、くもは佐城井玖雲です」
「知っての通り、俺は渡瀬恭次郎だよ」
既に本名を公開してる二人が蜂の提案に乗り、さらっと自己紹介を済ませる。明紀は元から本名なので恐らくノーカウント。となると、あとは僕と狐さんか。
「……僕は壱之瀬遥矢。姉さんが何度も呼んでたから分かるかな。兎さんこと、壱之瀬紗英は僕の姉さんだよ」
狐さんは何か深く考えているようだったので、僕が先に言うことにした。とはいえ、僕もほとんど名前を知られている身なので、こうして自己紹介をすると言うのはなんだか変な感じだ。
「あ、そうだ蜂……じゃなくて、蒼生? に言っておくけど」
「おお、素晴らしく疑問系だな」
「慣れないんだよ。察しろ。――と、僕のことを学校で呼ぶときは『壱之瀬』も『遥矢』もやめてくれ」
接点なんてほとんどないのだから、そこまで気にすることはないのかもしれないけれど、でも、とても重要なことだとは思うので念を押すように僕は言う。本名で呼ばれてしまってはたまったもんではない。
「学校は『勝間田悠斗』って名前を使ってるんだ。そっちでよろしく」
ふぅん? と蒼生は不思議そうな顔をしたけれど、特に嫌がることもなく了承してくれた。良かった。
「――最後は、俺か」僕の自己紹介が終わると、目を閉じた狐さんがずっと閉じていた口を開く。「……小峰陵、だ」
狐さんは少し間を置いた後、観念したように言った。どうして名前を言うことにそんなに抵抗があるのだろうか?
なんて疑問を煮詰める間もなく、狐さんはごそごそとズボンのポッケを漁り、手帳のようなものを取り出した。そして、それを開くと机の上、自分の目の前に投げるように置く。
「小峰陵、警察だ。今は掃除課に属している」
手帳の写真には、黒髪の青年が写っている。その顔はどう見ても狐さんだった。そして、その手帳はどこからどう見ても警察手帳だ。そう書いてあるし。
「……ええええっ!?」
誰からともなく驚愕の声が漏れた。無理もない、目の前にいる金髪でチャラそうな青年は、とてもとても警察官には見えないのだから。それに、掃除課の警察は、半ば僕たち掃除人に敵対する形なのだから。




