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ガチャガチャと焦るように姉さんはドアノブを捻り、扉を激しく揺らす。しかし扉はうんともすんとも言わなかった。ドアノブが回るということは鍵がかかっているわけではない。では何故扉が開かないのか。簡単だ、開かないような障害がそこにあるからだ。
「……ここに狐がいないってこと、関係あるのかしら?」
扉を開くことを諦めたのか、姉さんは僕の方を向いてそんなことを言ってくる。僕は肯定も否定もしなかったが、姉さんには伝わったようだ。
「そう……。火で扉を溶接したとかじゃないわよね?」
「流石にそんなことされたらこのビル全部燃えるよ」
確認するように訊いてくる姉さんに僕は思わず突っ込んだ。狐さんの能力はそんなに器用なことはできないはずだ。触れたものは例外なく燃やし尽くす。一部だけなんて中途半端なことはせずに、全て。僕が知っている情報が正しいのであれば、扉だけ燃やして溶接なんて不可能だ。
ただし、姉さんの想像通り狐さんが扉を開かなくしたというのは正解だ。
僕たちが今いる部屋は最上階にあり窓がなく、出入り口はこの扉しかない。そのため唯一大雪の被害を受けていない部屋になるのだが、裏を返せば廃ビの地上部分はここ以外全て雪の影響を受けているということだ。
更に、このフロアは南側に廊下があり、南側の壁は日当たり抜群であることが用意に想像できるほど大きな窓がある。今、廃ビの窓は総じて割れてしまっているため、窓というよりかは穴と言った方が正しいのかもしれないけれど。なにがともあれ、そんなものがあれば雪が吹き込んで最早室内だか室外だかわからなくなるというのは当然である。そして、この部屋は南側の廊下に扉があるのである。
「来たときにはこの部屋に来れるだけの道があった……ってことは、その道を狐が潰したのね?」
姉さんの問いに僕は微笑んだ。そういうことである。
吹雪だからといって、一応ここは室内である。屋根があるため、廊下が完全に埋まってしまう訳ではない。ギリギリ、人一人が通れるぐらいの幅は雪が積もらずにいたのだ。僕たちはそこを通ってきた。
狐さんは、そんなスペースを雪掻きにより埋めたのだ。雪掻きと言うよりも雪埋めの方が正しいか。
雪は重い。固めてしまえば立派な壁である。しかも、本物の壁とは違い変幻自在だ。きっと扉を隙間なく埋めて扉ごと壁にしてしまっただろう。そんなことになれば開くわけがない。僕たちは閉じ込められたのだ。いや、この言い方では人聞きが悪い。僕たちは閉じ込めてもらったのだ。
「なるほどね。狐だったら、きっと一番体力も腕力もあるだろうから、その役にうってつけだったのね。それに、私を捕まえるには向いてない能力だし」
姉さんはクスリと笑って一人で納得してみせた。だが、その答えでは丸はもらえないことを分かっているだろうか。いや、きっと分かっていないんだろうな。
姉さんの解釈は表向きの理由だ。その裏はといえば至ってシンプルで、狐さんが姉さんを捕まえること――姉さんと向き合うことを拒んだからである。掃除人としては(渡り鳥さんを除いて)一番付き合いの長い狐さんだ。『兎さん』が通り魔であることをまず認めたくなかったのだろう。そして恐れた。情の厚い狐さんは、向き合ってしまえばきっと姉さんを捕まえることなんてできないと分かっていたのだろう。しかし、通り魔は捕まえなければならない。だから狐さんは間接的に手を下すことを選んだのだ。
「でも、分からないわ。熊くんだけならまだしも、他のみんなにはここまでして私を捕まえる理由が無いんじゃないかしら?」
「いいや、あるです」
姉さんのポツリと漏らした一言に、蜘蛛ちゃんがはっきりと答えた。「むしろ、私たちの方が熊くんよりも強い理由があるです」なんて言って、真っ直ぐに僕たちを見据えながら。
「くもは兎さんが大好きです。くもだけじゃなくて、狐さんも……でも、理由はそれだけじゃないです。そもそもの話、どうして楽しんで人を殺す危険な人を野放しにしなきゃならないですか?」
それを片付けるのがくもたちの役目じゃないんですか、と蜘蛛ちゃんは至極真っ当なことを言う。残念なことに、僕にはその発想がなかった。
「ああ、なるほど……」姉さんは蜘蛛ちゃんの一言を受けて寂しそうに微笑んだ。「私たちがずれているのね」
ここでも。かすれた声で言うと、姉さんはふわりと僕を抱き締めそして耳元で囁いた。
「ねえ、遥矢。私と一緒に逃げない?」




