09
一時間前。僕が姉さんのことを明紀に話し終えると、明紀は廃ビにいる全員(と言っても僕を含め四人だが)を集めて言った。
「通り魔見つかったから捕まえるぞ」
あっさりとした言葉。あまりにもさらりと言うものだから、僕以外の三人は「はぁ……」と気の抜けた反応をするしかなかった。
「見つかったって? 何処の誰さんだったんだ、そいつは」
「聞いて驚くな、何処の誰さんは掃除人の兎さんだったってよ」
「…………」
「やっぱりかって顔してんな、狐さんよォ」
明紀はニヤニヤと笑っている。残念ながら僕はこの二人の空気を読むことはできない。やっぱり、ということは狐さんは姉さん――兎さんが通り魔だと気付いていたということなのだろうか?
数秒ほどじっと黙って、狐さんは明紀の目を見つめていた。が、ニヤニヤと見つめ返されると諦めたのか、ため息をひとつついて口を開いた。
「……なんとなくだけどな。渡り鳥さんが多分勘づいてたんだ」
「へぇ?」
「最近の渡り鳥さんは兎を気にかけてるような発言が多かったんだよ。それに、消える直前に『兎を止めてくれ』なんて言ってんだ。嫌でも気付くだろ、普通」
嫌そうに狐さんはまたひとつため息をついた。ニヤニヤと笑っている明紀の相手は疲れると言わんばかりだ。いや、あるいは、姉さんが通り魔だと気付いていた他の要因を隠していることに対する気苦労だろうか? 僕はあまり人を探ることは出来ないけれど、でも、何となく狐さんの言葉には何か隠されたものがあるような気がした。つついたところで出てこなさそうだから黙っているけれど。気になるには気になる。
「通り魔って捕まえるか掃除するか、とにかくどうこうしなきゃ掃除人が無くなるんだよな?」
微妙な空気が流れているにも関わらず、いつもの軽い調子で質問を投げ掛けたのは蜂。空気が読めないのかどうか、些か疑問ではあるがこういうときはありがたいと思う。
「あー、渡り鳥さんがそんなこと言ったっけなー。そこも考えねえとダメか」
「え? 考えてなかったのか?」
「ああ、俺様は熊が『ねーちゃん居ないの寂しいー』って言うから協力するだけだしな」
「そんな言い方はしてないだろ……」
別に間違っちゃ居ないけれども。でもその言い方は僕がシスコンみたいでとても恥ずかしい。
「……狐さんと蜘蛛ちゃんが、姉弟だったのか? みたいな顔してるけど今は置いとくな。まあ、そういうこった。とにかく、通り魔をどうにかしなきゃなんねーし、兎さんは捕まえないとどっかいっちまうから捕まえるぞ。手伝え」
とても傲慢な態度で明紀は言う。僕たちが黙っていると、「反対意見はねえな?」と言って蜘蛛ちゃんに目を向けた。
「あんたに言ってんだぜ。俺様のプランじゃ、蜘蛛ちゃんが頑張ってくんねーといけねーんだ」
蜘蛛ちゃんは表情を変えず、じっと明紀を見つめたまま首をかしげた。私が頑張るの? と言いたげな瞳だ。
「能力的な話だ。蜘蛛ちゃん以外だとぶっ殺しちまう可能性があるからな」
「…………」
なるほど、と納得した顔をして蜘蛛ちゃんは頷く。相変わらず言葉を発しないが、こうしてみると動作で意思の疎通がしっかりとはかれるのだということに気づかされる。一年も一緒にいたのに今さら知るとはおかしな話だ。
そんなことよりも、蜘蛛ちゃんの能力とは一体どんなものなのだろうか。恐らく、明紀はいつかの闇鍋の罰ゲームのときに聞き出したのだろうけれど、僕は全く知らない。全く知らない能力が姉さん相手に振る舞われるというのはなんだかとても心配な話だし、一緒に動いているこっちにも不安要素が多々ありそうだ。明紀が少し説明してくれたら良いのだけれど。
そんな視線を明紀に向けてみるが、明紀は気付いてくれなさそうだ。ふむ。困った。
「…………それじゃあ、くもの能力のこと、ちゃんと言った方がいいですね?」
と、そのとき、全く知らない声が聞こえた。
誰の声かと辺りを見回してみるが、廃ビの中にいるのは当然僕たち掃除人しか居ないわけで。この中で声を聞いたことがない人物と言えば蜘蛛ちゃんぐらいなもので。
半信半疑で蜘蛛ちゃんに目を向けてみる。
その口はしっかりと動いていた。
「みんなと喋るのは初めてです。えっと……初めまして。くもは佐城井玖雲です」
蜘蛛ちゃんが言葉を発すると言う衝撃的な現象を前に僕たちは何も言えず、ただ口を開いて固まっている。そんな中、蜘蛛ちゃんは場違いにも自己紹介をし始めるのだった。ご丁寧にフルネームまで言っちゃって。




