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人間掃除人  作者: 影都 千虎
後片付け
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56/73

07

 それから一時間後、午後十時。僕たちは外が極寒の銀世界と変わりつつあるなか、防寒対策をきっちりとして、普段は立ち入ることのない廃ビの地上部分のとある一室にいた。

 最上階にあるこの部屋は、この廃ビの地上部分では唯一四方を壁に囲まれ、窓は一つとして存在しない部屋になる。廃ビの窓はほとんどが割れてしまっているため、雪が吹き込んでいて、ここだけが無事だったのだ。

 僕たちは明かりもつけず、真っ暗闇の中、無言のままそのときが来るのを待ち続ける。そのときが来るのかどうか、その確証すらどこにもない。実のところ、僕は来るといいな、ぐらいの軽い気持ちでいた。

 そこへ、扉が慌ただしく開かれる。外も暗いため、扉が開いたことでこの部屋に光が入ってくるなんてことはない。扉を開いた人物は、部屋の中の暗さに忌々しそうに舌打ちをした。そして、コツンと床を鳴らす。

「……移動したのかな? ここじゃなかったようだね……」

 忌々しく呟くその声を聞いて、僕は計画が最初の段階で躓かなかったことを知った。それと同時に、開いた扉が閉められ、丁寧に鍵までかけられてから部屋の明かりが灯される。暗闇に慣れてしまっていた僕の目は突然の光に眩んで、視界に広がる白い世界は中々消えなかった。うん、ここは計画のミスだろう。あとで反省会だ。

「……なるほど、そういうことか」

「来てくれて嬉しいよ、姉さん」

 僕の姿を見て苦々しく笑った姉さんに僕は笑いかけた。その言葉に偽りはない。

「私を捕まえるために仕組んだんだね。考えたのは……明紀君か。あの子、こういうの得意そうだし。でも、まさか狐まで協力するとは思わなかったな」

「うん。一時間で用意してくれた。狐さんも」

「蜘蛛ちゃんまで連れてるってことは、私を殺さずに捕まえようって魂胆かな?」

「当たり前だよ。大好きな姉さんを殺すわけがない。傷だってつけたくないよ」

 だから、出来ることなら抵抗しないでほしい。と僕は自分の思いを素直に伝える。姉さんが抵抗すればするほど、僕たちが必死になればなるほど、姉さんが負傷する率は上がっていくのだ。話し合いで済むのなら、是非ともそうしたい。

「だから、姉さん」

 僕の声を合図に、姉さんの背後でズズズ……と重いものが動かされるおとがした。計画の通りなら、扉の前にデスクを移動したはずだ。かつてはビジネスマンで溢れていたビルならではの特権。部屋の中に放置された備品で簡単に扉を塞ぐことができる。

「大人しく、僕たちに捕まって」

「……いくら熊君の頼みでも、それには応えられないわ」

 姉さんは兎さんの口調になって、目をつぶり、ゆるりと首を振った。兎さんの口調は、姉さんの中でのスイッチだったらしく、次に姉さんが僕を見るときには顔つきが違っていた。

「私が少しでも抵抗する素振りを見せれば、前から熊君、後ろから蜂ちゃんが襲ってくるのかしら? 蜘蛛ちゃんは……車椅子じゃ、無理よね。ここには物が多すぎるもの。動き回れないはずよ。それは考えていたのかしら?」

「大丈夫、明紀の計算の内だよ。車椅子に乗った蜘蛛ちゃんは動き回れなくていいんだってさ」

 言いながらゆっくり動き出すと、合わせて姉さんも動き出した。少しずつ距離を詰めたいところだけれど、デスク等が邪魔でうまくいかない。でもまあ、これは出来なくても良いだろう。姉さんを扉から離すことができれば良かったのだから。

 気付けば、僕と姉さんの位置は逆転していた。これで、姉さんはこの部屋にいる人間の中で扉から一番遠い位置にいることになる。

「……私を出口から離したかったみたいだけど」姉さんは、そんな状況において臆することなく、むしろ余裕たっぷりに笑ってみせた。「私はこの位置に来たかったの」

 そう言って姉さんは床を蹴り、デスクの上を走る。その直線上にいるのは――

「ごめんなさいね、蜘蛛ちゃん。でも、貴方を優先的に封じさせてもらうわ」

 僕たちはその動きを止めることができない。姉さんはデスクから跳ぶと、車椅子目掛けて蹴りを放つ。

 このとき、動かないと思っていた車椅子の人物が突然立ち上がったら、どうなるだろうか?

「――――ッ!?」

 答えは、驚いて攻撃に失敗する。

 姉さんが蹴り飛ばせたのは車椅子だけで、しかも横に倒しただけだった。突然ゆらりと立ち上がったゴスロリ少女にはなんら支障もない。

「――蜘蛛ちゃん、貴方、立てたの?」

 車椅子に乗った蜘蛛ちゃんは動き回れなくても構わない。それは、逆に言えば車椅子に乗っていない蜘蛛ちゃんは動き回ってほしいと言うことだ。

 ただし、僕たちは一言もそのゴスロリ少女が蜘蛛ちゃんだとは一言も言っていないが。

「ッ!」

「チッ、いい反応すんなぁ……」

 姉さんが咄嗟に後ろに跳ぶと、さっきまで立っていた場所と車椅子は水に濡れていて、煙をあげながら溶けていた。その液体をかけた犯人であるゴスロリ少女は隠そうともせず舌打ちをしながら、見た目にはそぐわない乱暴な口調でそんなことを言い、ヘッドドレスごと髪の毛を掴んで一気に引っ張る。

「……一杯食わされたわね」

「ははーん。お楽しみはまだまだこれからだぜ?」

 金髪を露にした蜂は、へらりと笑って姉さんから視線をはずす。外した視線の先にいたのは、姉さんへまっすぐに跳ねるように駆けるジャージ姿の黒髪の少女だった。

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