23
「ちぃーっす、明紀起きたんだって?」
頭の中の考えを払拭しようとしていると、そんな軽い声と共に蜂が病室へ入ってくる。学校帰りで直接来たらしく、黒髪のウィッグに女子の制服という見慣れない方の格好だった。この格好を見るのは三回目だけれど、相変わらず違和感がある。
それに、ウィッグのせいなのか何なのか分からないけれど、蜂のこの姿はどうも蜘蛛ちゃんを連想させてしまうので何か嫌だ。顔立ちが似ているのだろうか。段々、蜘蛛ちゃんがヘラヘラと笑いながら一人称を俺にして喋っているように見えてくるのだ。そんな蜘蛛ちゃんは見たくない。
「蜂、頼むからそのウィッグを外してくれ」
「えー? なんで?」
「蜘蛛ちゃんに似てるからだよ」
「はーん、なるほどね」
思い返してみれば若干理不尽とも言えるような、訳のわからない理由にも蜂は素直に応じ、ウィッグを外してくれる。それだけで蜘蛛ちゃんらしさは一気に消え、見慣れた蜂の姿になったのだが、蜂が何を考えているのか読めなくて逆に怖かった。
もしかして蜂は女の子らしい姿の方はあまり気に入ってないのだろうか? だからその格好をやめることに何ら抵抗がないのか? なんて考えてみるものの、本人に訊く勇気は無かった。僕はチキンだ。熊だけど。
「そうだ、似てるって言やぁ」カラコンは外さず、眼帯も着けない、両目が見えたままのレアな姿で蜂は言う。「前にスーパーで会った熊のねーちゃんと兎さんもかなり似てるよな。似てるっていうか、似すぎてるっていうか」
「そうか?」
その言葉に、僕らは思わず首をかしげてしまった。
確かに、姉さんと兎さんは中身で共通する部分が多く、実際に兎さんを見ていると姉さんを連想してしまうことが多い。そういう面で似ているということは認めよう。しかし、蜂は内面が似ているという話はしてないはずだ。兎さんはともかく、僕の姉さんがどんな人間か、なんて蜂は知らないはずなのだし。
「ん、そういや俺様、お前のねーちゃんに会って話したわ。殴られたせいで会話の内容飛んじまったけどな」
「どうせいつも通り僕の話でもしてたんだろ」
掃除人になってから、僕は家に帰らなくていい方法を見つけてしまったので姉さんと顔を合わせる回数はぐんと減った。代わりに、明紀といる時間が増えたので、姉さんは明紀に会う度に僕の近況を聞くのだ。ここ一年でよく見かけた光景である。
「……お前ら二人はちゃんと『兎さん』と『熊のねーちゃん』の区別がついてるんだな」
そんな僕たちのやり取りに、蜂は驚いたような、感心したような顔でそんなことを言う。そんなことを言うということは、もしかして、もしかすると蜂は兎さんと姉さんの区別がまったくつかないのだろうか? これは、なんというか……人間に興味が無さすぎるというか、認識云々に重大な欠損が生じているとかそんなレベルの問題のような気がしてくるのだけれど。
「そもそも髪の色がちげーんだから間違えようが無いっての」
明紀は蜂の顔をみて愉快そうに笑ったが、対照的に蜂は更に不思議そうな、理解に苦しむような顔をするのだった。
「……髪の、色? 俺には二人とも黒髪ストレートに見えるんだけど」
「は?」
今度は僕たちが理解に苦しむ番だった。何を言っているんだ、こいつは。姉さんは黒髪ストレートで合っているけれど、兎さんは緩くウェーブのかかった茶髪じゃないか。しかもその茶髪はとても明るく黄色に近い色だ。見間違えて黒だと思ってたなんて言い訳は通用しない。
目が悪すぎるだろ、と笑い飛ばしたい。もしかしたら蜂は色盲なのか? なんて説を立てられるなら立てたい。しかし、それは無理な話だ。左右の目の色が違うことを気にして眼帯やカラコンでそれを隠し、学校では髪の色をウィッグまでつけて隠すような人間が色の判別ができないなんて訳がない。
何かがおかしい。
僕たちがおかしいのか、それとも蜂がおかしいのか。多数決にすれば後者がおかしいことになるけど、少し考えてみれば前者がおかしいのだと気付ける。
僕たちがおかしい。僕たちの認識がずれている。否、ずらされている?
「……敵を知る前に自分たちのことを知れってか……」
「……そうみたいだね」
もし、兎さんと姉さんが同一人物だったら。そんな考えは、白黒つくまで消えないだろう。もし、この説が正しいのだとしたら、今までの出来事が大きく形を変えてしまうのだから。




