幼い窃盗団
陽光の照った清々しい青空。
眩い輝きは分け隔てなく、下界を等しく映し出す。
それが華やかな街並みでも、薄暗く閉ざされたスラム街であっても――
「場所、間違えたかな」
野晒しの廃屋と、穴空きテントの密集地。
俗に『サバーブ』と称される、有象無象の人間の掃き溜めであるスラム街。
汚れた浮浪者がうろつく、この地を練り歩くフィン=サーニタスもサバーブ出身だ。
しかし現在地であるスラム街は、フィンが育った故郷から遠く離れている。
互いに同じテラ王国の領土内であることは間違いないが、ここは国家のお膝元である王都ガイア―ド。
遠くそびえる城壁はぐるりと円周を描き、富裕層である『セントラル』の人間と、サバーブの住民を分け隔てる。
ある用事があって、フィンはこの地に遠出してきた。
「どこだっけ、待ち合わせ場所」
不慣れな土地で、フィンは見事に方向音痴を晒していた。
地図もなく、出迎えもなく、書面だけの現地集合。
冷静に考えれば、人を呼びつけるにしては悪戯のような杜撰さである。
「まっ、何とかなるだろう」
楽観視しながら、フィンは探索を再開した。
このときフィンは、旅人の装いに手荷物一つ。小綺麗な格好をした人間が、こんな場所を放浪していれば、必然的に舞い込むものがあった。
「ひい、ふう、みい……」
フィンは道の中心で立ち止まり、おもむろに指を折る。
刹那、付近の物陰から複数の陰影が飛び出した。
謎の集団に、即座に取り囲まれる。
悠然と首を回しながら、フィンは現況を確認した。
「……子供?」
そう、フィンを包囲したのはストレートチルドレンだった。
ボロ切れのような衣類を纏う、手足の細い少年少女。
ざっと目算して八人。各々の手には、大きめの石や不格好な棍棒が握られている。その中でも、一人だけ帽子を被っている少年とおぼしきリーダー格は、刃の欠けたナイフをチラつかせていた。
何らかの理由で親のいない孤児たちは、時として群れを成し賊と化す。
スラム街においては、何ら珍しくない光景だった。
「なあ、アンタ。この街に来た意味、分かってんよな?」
リーダーは無理やり低くさせたような声色で、くるんとナイフを手元で回す。
「身ぐるみ置いてけよ。怪我、したくねーだろ?」
「ああそうか。お前らは、あれか」
フィンは頷きながら、小さく微笑んだ。
「俺と遊びたいんだな」
『……はあ?』
幼い窃盗団は、目を真ん丸にさせて大口を開く。
今まで、そんな言葉をかけられたことがなかったのかもしれない。
常軌を逸したフィンの発言に、リーダーが高い声を荒げた。
「ふざけてんのか、テメエ! こいつが目に入んねーのか!」
「元気があってよろしい。子供らしく、けんけんぱで遊ぼう。やり方は知ってるだろ?」
「人の話、聞けよ! ぶちのめすぞ!」
「焦るな、焦るな。いつもなら地面に円を描くとこだが、今回はこれで代用するか」
フィンはおもむろに、手荷物を漁った。
凶器を出されると思ったのか、子供たちが一瞬だけ身体をびくつかせた。
スラムの特性上、荒事は日常茶飯事なのだろう。すかさず臨戦態勢に入り、四方八方からフィンの動向を注視した。
敵意を一身に受けながら、フィンが取り出したのは巾着袋だった。
ジャラジャラとした音鳴り。それが路銀の類であることを、浮浪児たちはその瞳の輝きを持って理解したようだ。
彼らが目の色を変える中、フィンは袋の紐を緩める。
重たい底を持つと、フィンは一気にひっくり返した。
『あっ!』
意表をつかれた子供たち。
音を立てて地面に散らばる無数の銀貨。
フィンの前後左右に、こまごました煌めきが弾けながら色めく。
これを視線で追いながら、子供たちは我知らず腰を屈めて腕を伸ばした。
手にした凶器すら投げ捨て、目先の光物につられて意識が分散される。
「テメエら、勝手に動くんじゃ――」
仲間の注意が逸れたことを、リーダーはとっさに咎めようとするが――
「けん、けん、ぱっ」
そのとき、フィンが口ずさむ。
ハッとしてリーダーが、フィンに意識を戻したとき。
フィンはその場から一歩も動いていなかった。
『あ、あれ?』
けれど、その周囲には紛れもなく異変が引き起こされていた。
路銀を拾おうとした子供が地面に触れたとき、そこに銀貨は一枚も落ちていなかった。
それどころか、彼らが放り出した凶器すらも地面から消えている。
辺り一帯、更地になったように、あらゆる痕跡が消え失せていた。
「ど、どうなってやが――えっ?」
リーダーは、無意識に右手で口元を抑えていた。
そこで、思い知る。
ついさっきまで、欠けたナイフを握っていたはずの右手の変化を。
「さて、と。俺は待ち合わせがあるから、もう行くぞ」
じゃら、と鳴らされる金属音。
フィンの右手には、天地無用の巾着袋が乗っていた。
左手には刃の欠けたナイフが握られている。紛れもなく、リーダーの持ち物。そしてフィンの足元には、幼い窃盗団が用いていた凶器が積み重なっている。
彼らはまるきり理解ができなかった。
フィンは目をパチクリさせる子供たちの間を縫い、リーダーの前に歩み寄る。
自然な動作で、その帽子を取り払った。
そのとき、はさりと落とされていく、肩にかかる程度の長髪。
「ああ、悪い。気がつかなかった」
フィンは帽子の中に巾着を入れて、そこにある頭に乗せる。
呆気にとられたリーダーの女の子は、あたふたと身体を揺らし、両手で頭頂を抑え込んだ。
危なっかしいナイフだけは返さず、ささっと自分の持ち物にしまっておく。
「しばらくは生活できるだろ。無駄遣いすんなよ」
己の路銀を渡し、フィンは手荷物一つで再び歩き出す。
流れゆく背中。
ストリートチルドレンの誰一人として追うことができず、茫然と見送るのだった。




