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今月は、緑の神の月なのよとリーリエは言った。
王都エルディフィアの目抜き通りは毎月神の祭りが行われる。十の神と王の月。そして聖女の月で十二ヶ月。
教会で聖女が祈りを捧げ、街では蚤の市が賑わいを見せ、神の色である緑が基調のリボンや旗が靡き、紙吹雪が舞っていた。
石畳の道には色とりどりの屋台が並び、香辛料の効いた肉の焼ける匂いや、甘い焼き菓子の香りが風に乗って流れてくる。
リーリエは、魔法塔での威厳あるローブを脱ぎ捨て、平民の少女のような深い紺色のケープを纏っていた。
フードをかぶるリーリエは「うるさくなるから」と言い訳のように言った。
フードの隙間から零れる銀髪は隠しきれない輝きを放っている。
周りにこれほど美しい銀の髪は見当たらない。
「貴族は大変だね」
からかい混じりにノクスが言うと、リーリエは渋い顔をした。
「そうよ。変なあだ名までつけられてるんだから」
「どんな?」
「内緒」
ノクスは笑った。
こんな、普通の人がするような休日を夢見ていた。
「……ねえ、ノクス。お腹すいてる?」
急に振り返るリーリエが、ニヤつくノクスに気づいて訝しげな顔を近づけた。
「なに?なにか見つけた?」
「いいや。その格好、凄くかわいい。……リールヒェン」
人混みのなか、耳元で囁かれた名に、リーリエは心臓が口から飛び出しそうになる。
塔の中ではない、喧騒の中でのその秘めやかな響き。
彼女は赤くなった顔を隠すように、ぎゅっとノクスの腕を押した。
「外で言われても、嬉しくないわ。全然」
「全然?」
笑いながら、ノクスはリーリエの手を取る。
「ええ、全然」
そう言いながらも、リーリエはノクスの手を握り返した。
ノクスは、彼女のそんな強がりが愛しくてたまらなかった。
「それより、ねえ。これ、どう?」
リーリエはノクスの外套の裾をツンと引いて、心配そうに少しだけ捲ってきた。
外套の裏には、リーリエが描いた魔法陣が三つ。
白い魔力で描かれたそれをノクスが認識することはなかったが、どうやら外套に触れた白い魔力を熱に変換する魔法陣らしい。腰に2箇所と肩甲骨の間の魔法陣が熱を持ち、ノクスの背をじんわりと暖めていた。
「うん、暖かいよ。気持ちいいくらい」
「良かった。まだ外は寒いからね」
そう言って無邪気に喜ぶリーリエには言えなかった。雪国育ちの彼は少し暑さに弱い事を。
リーリエはもう一度外套をまくって確認した。
魔法陣が、外から白い魔力を吸って熱を出し、燃え殻のような黒い魔力が出て、すぐにノクスに吸収されている。
これなら雑踏を歩いても、無闇に人の黒い魔力を吸わないはずだ。
リーリエは外套を丁寧に戻すと、うふふと楽しそうに笑った。
笑顔の理由は分からなかったけれど、彼女の笑顔が可愛くて、ノクスも笑顔を返した。




