後日談 モントシュテルの来訪
「だからさぁー、忙しくて大変なんだよねぇー」
「あ~、問題を起こしてもモントシュテル様が何とかしてくれるでしょ、って思われている節はありますよねぇ」
「そうなのよ。ちょっと酷くない? 俺、何でも屋じゃないのよ?」
「…………」
フィガロが妖精になってしばらく経った頃。
諸々の騒動が落ち着いて、のんびりした日常がやって来るだろうと思っていたフィガロは、何とも言えない顔で目の前のやり取りを聞いていた。
そこにいるのは夜の神モントシュテルと眠りの神トバリである。
フィガロは今、この二柱とお茶会をしていた。
(いや、何故私は神様方とお茶会を……?)
フィガロは引き攣った笑顔を浮かべながら、真顔でそう考える。
こうなったきっかけは、先日、トバリが突然モントシュテルを連れてやって来た事だ。それから何故かモントシュテルは頻繁にやって来るようになってしまったのである。
トバリが言うには「お嬢さんの演奏が疲れに効いたんだと思うよ」との事だ。
それ自体は喜ばしいが、如何せん、頻繁過ぎやしないだろうか。
しかも今日は何故かお茶会からスタートだ。演奏とは関係がない。
ううむ、とフィガロが思っていると、
「うちの色々で、フィガロにも迷惑をかけて悪かったね」
なんて急にモントシュテルから謝られてしまった。
思わずフィガロは咽かけた。神から謝罪を受けるなんて事態に、フィガロは「ひいっ」と青褪める。
「い、いえいえ! おかげで私は楽しいですし! ご飯も美味しいですし! モントシュテル様が気にかけてくださったおかげですよ! ありがとうございます!」
大慌てでフィガロはそう返す。実際に、これは本当にそう思っているのだ。
それなりに悲しい事はあったものの、今の生活は結構充実しているし楽しい。
仕事はしっかりとした給料がもらえているし、魔王城の魔族とも少しずつだが仲良くなれている。
人間だった頃は、日々の生活に追われていた事もあって、こうしてゆったりとお茶会をした事もほとんどなかった。
……あまりに充実し過ぎていて、これから何かとんでもない事が起こるのではと、若干不安にもなるのだが。
このあたりは人間だった頃の不幸さの影響で、物の見方がネガティブになっているせいだ。
実際にはルクスフェンからもらった幸運の加護のおかげで、理不尽なレベルの不幸は起きなくなっている。
とは言え小さな不幸というか、不運な出来事はたまに起きるので、人並みになったという意味でもあるのだが。
「…………」
とにかく楽しいよ、とアピールしていたら、モントシュテルが固まってしまった。
無言だ。何の反応もない。もしかしたら何か粗相をしてしまったかと、フィガロは恐る恐るトバリへ視線を向けた。しかし彼はにこっと笑ってくれるだけだ。
トバリがいつも通りなので、特に問題がないのだろう。しかし、ならばどうしてモントシュテルは黙っているのだろうか。フィガロが首をかしげていると、
「……ッ、他意なく、感謝された……ッ」
――泣き出した。
夜の神モントシュテルが、だばー、と滝のような涙を流して泣き出してしまった。
それを見て今度はフィガロは固まった後、どっと汗が出た。パニックである。
「どっどっどっどっ」
「ああ、大丈夫大丈夫。ちょっと昨日飲んだお酒が残っているだけだよ」
動揺するフィガロにそう言うと、トバリはハンカチを取り出してモントシュテルに渡した。
モントシュテルは「ありがとぉ……」と言うと、受け取ったハンカチで涙を拭く。
(神様って、しっかり酔うんだ……)
そんな事を思っているとモントシュテルが、ぐす、と鼻をすすりながら、
「フィガロ優しいね、ありがとね……」
と言った。フィガロは引き攣った顔で「い、いえいえ」なんて返していた。
◇ ◇ ◇
さて、そんな二人のやり取りを、トバリはお茶を飲みながらのんびりと眺めていた。
モントシュテルは酔った影響で泣き出し、フィガロはそれを見て大慌てだ。
(面白いなぁ)
なんて、のほほんとした感想をトバリは心の中で呟いた。
モントシュテルがこうなっているのは、昨日、トバリがお土産で持って行ったシュテルンビルトのお酒を飲んだせいだ。
たっぷりと魔力の籠ったお酒はモントシュテルの舌にも合ったらしく、彼は結構なスピードで飲んでいた。抱えているストレスのせいもあっただろう。
その時と比べると酔いはそれなりに醒めてきている。けれども完全ではなかったので、トバリは彼をここへ連れて来たのだ。
(お嬢さんの演奏は、神にもそこそこ効くからねぇ)
以前トバリはフィガロに付き合って、彼女が作った曲で出る音楽の魔法の効果を調べていた際に、その中に二日酔いを軽減するものを見つけた。なのでそれを頼もうと思ったのだ。
ただどうもモントシュテルを連れて来ると――当然ではあるが――フィガロがだいぶ緊張するので、それを解すためにこうしてお茶会をしているのである。
(まぁ、しかし。お嬢さんは本当に、他意なく相手に感謝したり褒めたりするから、モントシュテル様が気に入りかけているね)
闇の神モントシュテル。主神オルトノスの補佐役を務める彼は、神々の中でも主神に次ぐ発言力と力を持っている。だから大抵の神は逆らわないし、逆らえない。
そういう立場と力を持っているわりに、モントシュテルは比較的寛容な方だった。
けれどもそれは決して優しいというわけでもない。神らしい冷徹な考えと合理的な判断を取った上での寛容さだ。
もしもフィガロを転生させる際に本当にまずい状態であったならば、容赦なく彼女の魂を消滅させていただろう。ルクスフェンがいかに反対したとしても押し通す。モントシュテルはそういう神だ。
そして今後もフィガロの加護がおかしな状態になりそうならば、モントシュテルは何の躊躇いもなくその判断を下すだろう。
だからトバリは敢えてモントシュテルをフィガロのところへ連れて来た。
(モントシュテル様も、別に情がないわけじゃないからね)
仕事は仕事、私情は私情。それをきっちりと分けて考えられる神ではあるが、それでも情はある。だからトバリも上司として尊敬している。
モントシュテルは一度懐に入れた相手の面倒は、しっかりみたいと考えるタイプなのだ。
だからこそトバリはモントシュテルとフィガロを引き合わせた。もしも加護の関係で何か起きた時の保険にするためだ。性格的にも合うだろうなぁとは思っている。
そこまで考えてトバリはふと、自分もフィガロの事をだいぶ気に入っているなぁ、なんて思った。
(演奏もだけど、他意のない素直な感謝の気持ちや祈りが、神にはとてもよく効く)
それはフィガロ・ヴァイツが持って生まれた彼女自身のもの。家族が彼女に与えた、神の加護に匹敵するくらいの加護だ。
「ううう、俺も加護あげちゃおっかなー!」
「うわー! お気持ちだけ受け取らせていただきますー!」
「そう言わずにさぁー!」
「ととと、トバリ様ー! どうすればよろしいので!?」
そんな事を考えていたら、いつの間にかとんでもない事になっていた。
あまりに優しくされたからか、モントシュテルの精神状態がおかしくなっている。
トバリは目を丸くした後「はいはーい」なんて笑って、助けに入ったのだった。




