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1 とある音楽家の人生の終わり

 腹を刺された。

 焼けるような痛みと、だんだんと身体が冷えて行く恐怖。これを死の感覚と言うのだろう。

 床に倒れたフィガロの周りには、完成させたばかりの楽譜が鳥の羽のように舞っている。

 ああ、ああ、嫌だ。

 嫌だ。

 だって夢だったんだ。ずっとずっと夢だったんだ。

 音楽家として日の目を見る事のなかった自分に舞い降りた、奇跡のようなチャンスだったんだ。

 ようやく自分の音楽を大勢(みんな)に聞いてもらえる。なのに、ここで終わるなんて嫌だ。

 ごふ、と咳とともにフィガロの口から血の塊が出た。だんだんと目も霞み始める。

 それでもフィガロは床を這いながら、必死でピアノに手を伸ばした。


 ここで死ぬなら。

 せめて、最期に。

 この曲を弾いて――――。


「ああ、まだ死んでいない。ねぇ、諦めが悪いですよ、センセイ(・・・・)


 そんなフィガロの背後から、彼女がよく知った声が聞こえて来る。


「ニ、コロ……」


 フィガロの弟子のニコロだ。

 必死で首を捻って見上げると、彼は綺麗な顔で微笑みながら、べっとりと血の付いたナイフを軽く持ち上げた。


「早く死んでくださいよ。俺のために(・・・・・)

「きみの、ため……?」

「ええ、そうです。センセイってば、音楽の才能はあるのに、それ以外が全然だーめ。だから有名になれないんですよ。ほんっともったいない」


 だから、とニコロは口の端を吊り上げる。


「俺がセンセイの音楽を、ちゃんと広めてあげますよ。嬉しいでしょう? 自慢の弟子の手で、センセイの音楽が有名になるんだから。だから早くセンセイの音楽を、俺のモノにさせてください」


 ニコロはにたにたと笑いながらフィガロの方へ近づいて来る。

 逃げなければ。頭ではそう思ったが、身体がそれについて来てくれない。

 ニコロはそんなフィガロの頭を片手で優しく掴むと、ナイフを持った手を振り上げる。

 そして、


「来世で会えたら嬉しいな。俺はあなたの音楽を心から愛していますよ。――さようなら、センセイ」


 フィガロの背中から心臓を目掛けて、そのナイフを突き刺した。


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