第33話 房州一の槍 1455年 安房
「何言い出すだよ義兄者」
丸く見開かれた柵左衛門の目が救いを求めて玉梓のもとへ泳ぐも、その馬手のありどころにひとたび落ちるや全てを悟って天を向く。
「そいつはその、けっこうな話だっけんが……いや……仕儀だっぺ」
どれほど粗野に見えても柵左、山下家の当主にして坂東武者である。
叔父に狙われ返り討ちにした過去もまた当然の仕儀なのであった。
神余郷へ向ける馬の足取り、その重いこと重いこと。
先方もそこは武家の習いと勢を揃えた出迎えには満腔の気魄をぶつけて然るべきところ……柵左衛門どうにもやる気が出なかった。
「上意にござる。金碗大輔孝徳、神妙に……最早いいっぺ?」
他人行儀な武家言葉が喉に貼りつき言い果せずに切り上げる。
馬を煽って前に出で、供回りを蹴散らしたところが、案の定。
大輔の乗騎が体を斜めに持ち上げる。落ちまいと頸に縋れば背が見える。
草摺つかんでひょいと投げ落とし槍を頸に擬するところまではこれ、一連の流れ。
「武家の習い、料簡するだよ」
尻餅ついた元服間もなき小童の細頸を見下ろしつ柵左衛門、深呼吸ひとつ。
そのひと呼吸が運の分かれ目……人の世にままあることと言ってしまえば陳腐であるが、じっさい真にままあることゆえ仕儀も無い。
「面を上げなされ、若」
「山下殿しばし、金碗の若に相応しきお姿を」
受けた山下柵左衛門、これは武勇の人である。
一瞬の天啓を捉える機敏においては人後に落つるはずもない。
「おお、さよう。義兄者の甥子がこったら無様であるもんけえ」
大輔に背を向けた柵左衛門の声はずいぶんと弾んでいた。
「似非者に手を下しては逆十字が泣くわでよ……去ね。二度と顔見せるではねえぞ」
どう言い訳しようが陰惨たらざるを得ぬはずの内輪諍いも、かくなればかくあるようになるもので。
「たわけだ馬鹿だ思ってたけんが見直しただ。花も実もある男ぶり」
「まこと房州一の槍、相手にとって不足なし。いざ山下どの」
「言い甲斐無き皴首も数揃えば見栄がするっぺ。ご足労の手土産だぁよ」
口々に言い募っては群がり来たる馬鹿どもを向こうに回して泣き笑い。
存分に暴れて柵左、再びとぼとぼ田畑を縫って麓の館へ降りてきた。
「家中は根切りにしてきたわで、堪忍しておくれだよぉ義兄者」
苦々しげに睨みつける長狭介から柵左衛門、いじけるように目を逸らす。
「武者だ男だ威張ったところで、一人では何もできねっぺ?」
言われて神余長狭介、がくりと首を垂れることしばし。
再び面を持ち上げた時には神余郷の男どもと同じ笑顔を見せていた。
「おらが家中の不始末だわで。満仲だぁ敦盛だぁ見せちまったんもおらだわな……悪ぃことしただよ、兄弟」
ぱっと立ち上がるやいずかたより酒壺を持ち出で傾ける。
とりあえずと互いに三献、まあそれぐらいは入用でもあるところ。
「『一人では何もできねぇ』か、正しくおらが事だわで」
「もともと助けてもらったんはおらで無ぇか義兄者」
改めてふたり、首など掻きつ義兄弟の絆を固めたのであった。




