第9話 熊狼
熊狼はズシズシと一歩ずつ、私の方へ向かってくる。
「…………(スタッ)」
私は立ち上がる。
「(……格上の相手からは逃げない……相手が大ぶりの一撃を出そうとしてきたら、相手の間合いを越えて、懐に踏み込む……)」
熊狼の方へ向かって構えを取る。
グオ゛ォォッ!!!
熊狼が私に向かって駆けだした。
「……私はアイを守る。英雄になる。(身体中の魔力を右腕に集めて、集めた魔力を燃やすように巡らせる……)」
熊狼が私のもとに辿り着く。奴は右前足を大きく振りかぶる。
その瞬間、私は大きく前へ踏み出し、奴の間合いを越えた。
「(そして一気に……)」
奴のふところに入り込む。
「(爆発させるッッ!!!)」
全身全霊の右ストレートを打ち込んだ。
私の右ストレートを顔面にもろにくらった熊狼が少しよろけ、攻撃の手が止まった。
しかし、一瞬だけだった。
グガァッ!!!
「カ……」
奴は左前脚で私を薙ぎ払った。私は声も出せずに吹き飛ばされた。
ビダンッ!!!
私は20メートル以上先の壁に叩きつけられた。
叩き落とした羽虫を見るような目を向けてくる熊狼。そんな熊狼を叩きつけられた姿勢のまま見つめる私。
「(地面を殴った時みたいに感触が無かったわ…………。ふっ。だけどあいつ、よろけやがったわ)……ハー、ハッ、ハッ、ハッ……」
声はか細く、だが満面の笑みで私は笑う。
そして、ズシズシと私の方へ再び向かってくる熊狼。すぐ近くで倒れているアイを無視して。
「(そうだ。こっちに来い。アイではなく私の方へ来い。動けない獲物よりも、立ち向かってくる獲物の方が面白いわよ)……ふふっ、ふふふ……(あ?あれ?)」
私はもう一撃奴にお見舞いするために立ち上がろうとする。しかし、体が全く動かなかった。私はなんとか目だけを動かして、自分の体を見た。
「(あら……。どうやら、私も動けない獲物みたいね)」
私の右膝は曲がってはいけない方向に曲がり、左足はくるぶしのあたりから外側へ盛大に折れ曲がり、骨が飛び出ていた。左腕に関しては何がどうなっているのか分からない程ぐちゃぐちゃになっている。
右腕もあざだらけで指も何本か折れ曲がっていた。だが、他に比べればマシだった。
「(……よし。右腕の感覚はあるわね)」
右腕に意識を向けると、他の場所とは違い、動かすことができると確認する。
「(奴がこちらへ来る前に、右腕をもう少し動かせるようにする。そして、その右腕でもう一発食らわせてやるわ)」
すぐには駆けださずに歩いて向かってくる熊狼。今はその悠長で傲慢な行動に思わず感謝しそうになる。
「(もう少し、もう少し、もうすこっ、しィッ!……はぁはぁ。ここまでしか上がらないわね)」
私は右腕を腹と胸の間くらいまで挙げた。
「(たぶん、右肩とあばら骨が折れてて、これ以上は挙がらないわね。でも、これだけ動かせれば十分よ。後は、身体強化を使って無理矢理動かすだけ)」
私は右腕に全身の魔力を全て注ぎ込む。
ガァァッ!!!
ついに、熊狼が駆けだした。
私は打ち込むべき奴の顔面を睨みながら、右腕に集めた魔力を燃やす。
「(間合いは、もう関係ないわね……。いいわ。相打ちよ)」
私は全力で右拳を握る。
そして、奴が私に噛みつこうと飛び込む。私は魔力を爆発させて奴の顔面を……
ビガアアアアアアアッ!!!!
すると突如、横から光の奔流が流れ込んできて、熊狼を飲み込んだ。
私は突然の光景に、気付いたら振り上げた右手を下げていた。
光の奔流は熊狼を飲み込んだところで数秒ほど留まるが、その後急激に薄くなり消えていった。
そして、光が消えると、そこには……
「カ……カナ、デ?」
昨日この町を旅立ったはずの、カナデが立っていた。