表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/24

百番目の愛

 皮袋は次第に冷たくなり、クエストの熱も少しずつ下がってきたようだ。  ふ

 けれども、胸の内の思いを全て吐き出したあと、体力はすっかり失われ、気力も尽きかけてしまっている。

 そんな、ぎりぎりのタイミングだすった。

 遠くに、小さなほむらが見えた。先発のカラハン達が、目印のかがり火を焚いてくれたらしい。

「クエスト、ほら、見えるだろう? カラハンたちが、あそこで待っていてくれるんだ」

「‥‥‥‥」

「そうだよ、カラハンだ! クエストは、もう、一人ぼっちなんかじゃない!!」

 クエストは、ふらつきながらも、ようやく顔を上げた。

「‥‥カラハン」


 

 赤い大地を抜けてから、私たちはは、丸一日眠り込んだ。

 何とか体勢を整え直して、新たな山道を登り始める。あたりには、すでにうっすらと雪が積もっていた。

「まずいぞ! 初雪が降ったらしい」

「‥‥‥‥」

「灼熱の次は、雪なんて‥‥」

「あぁ、寒い寒い!」

 何だか、懐かしい雰囲気だ。

 

 山道の途中で鍾乳洞に出た。いよいよ、最後の関門のはずだ。

 木の枝で小さな松明を作り、低い入り口から身を屈めて入っていくと、視界が開け、道が左右に分かれている。

 カラハンとクエストが右の道を行き、私はクワィアの前に立って左へ進んだ。

 

 私は、松明をかかげてこわごわ進み、クワィアは皮袋を背にあとに続く。

 洞窟がどこまで続いているのか、見当もつかない。天井からあちこちに下がる濡れた鍾乳石が、松明の光に冷たく輝いている。時おりしたたり落ちる雫の音が、ピトーン、ピトーンといつまでも耳の奥に残る。


「‥‥サライ姉さん、あんまり先に行かないでよ」

 甘い花の香りとともに、まとわりつくようなクワィアの声が後ろから追いかけてくる。

「‥‥うん」

 ──こんな風に言われたら、男はみんな、ほっとけなくなるんだろうな。

 ふと、クワィアが今、どんな顔をしているのか知りたくなって、そっと後ろを振り返ってみた。

 暗くて、表情はほとんど分からない。ただ、胸元の首飾りが、ぼおっと闇の中に浮かび上がって見えた。花の丘で見た時よりも、輝きが増したように思われる。


 冷たい洞窟の壁に手をやりながら一歩ずつ進んでいくうちに、クワィアは、私の後ろにぴったりとくっ付いていた。

「‥‥サライ姉さん、あたしより先に、幸せになっちゃ嫌だよ」

「─えっ!?」 

 思いもかけない言葉だった。

「─どうして?」

「トコハルの国で、百枚目の赤い布を見つけたら、姉さんは幸せになれるんでしょ?」

「どうしちゃったんだい、クワィア? そんなに若くて、可愛くて──あんたこそ、幸せの象徴のように見えるよ、私には。きれいな首飾りは、その証なんじゃないのかい?」

 クワィアは答えなかった。

 

 だいぶ短くなってきた松明の火を消さないように、慎重に歩いて行く。洞窟の奥の方から、かすかに風のような音が響いてきた。誰かのすすり泣きのような、寂し気な音だ。

「‥‥ねぇ、何か話してよ」

「‥‥そんなこと、急に言われても‥‥」

「‥‥こんな真っ暗なほらあなを、黙って歩き続けるだけなんて、とても‥‥」

「‥‥それは確かにそうなんだけど。‥‥あっ、そうだ! その首飾りは、もしかして『蛍光石』っていうもの? 日の光で見た時よりも、随分輝きを増したように思えるんだけど‥‥」

「‥‥どうだろう? よく分からない‥‥」

 クワィアは、言葉を濁した。

「『愛してる』の証に、一人が一粒ずつ‥‥。いったい何人の男が、その石をあんたに捧げたんだい?」

「─九十九人」

 ──なんと!!

 暗闇の中で、光る石は妖しくゆらめいている。

「それだけの人間に『愛してる』って言ってもらえるなんて、そんな幸せ者は、なかなかいないだろう? それとも、九十九までいったら、百まで集めたくなるのが人情っていうものなのかねぇ、やっぱり‥‥」

「‥‥だって、これをくれた人達はみんな、私の若さと美しさだけが目当てだったんだから」

 ──よくもまぁ、自分の口からそんなことをおっしゃいますこと! でもそれは、いつもの自信に満ちたクワィアが戻ってきたということか。

 

「サライ姉さんだって、どうしても、百枚目の赤が欲しいんでしょう?」

「─うん。これは、姉さんが、私の幸せを祈って縫い始めてくれたものだからね。このキルトだけは、絶対に完成させたいんだ」

「姉さんは、元気?」

「─天国でね‥‥」

「─そうなんだ、ごめん‥‥」

「‥‥いいんだ。ミナの心は、このキルトの中でずうっと生き続けているから‥‥」

 「‥‥ミナ‥‥‥‥」

 

「‥‥姉さんも、幸せが見つけられずに、随分と苦しんだ時があったんだよ。でも、とうとう、優しい人に巡り会えた。‥‥幸せって、そんなものらしいよ。クワィアには、まだ、時が満ちていないだけなんだよ、きっと。‥‥これは、クエストが教えてくれたことなんだけどね‥‥」

 クワィアの表情が、かすかに歪んで見えた。

「‥‥いいよね。サライにはもう、幸せのありかが分かってるんでしょう?」

 首飾りをまさぐりながら、クワィアは、久しぶりに『サライ』と呼んだ。

「‥‥‥‥」


「‥‥ところで、サライ姉さんのふるさとは?」

「アラドナ」

「‥‥そうなんだ。‥‥そう言えば、カラハンも、アラドナに行ったことがあるらしいよ」

 ──えっ!?

 クワィアの瞳が、妖しく光った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ