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呪いの言葉

「見てみろ! 運よく一番狭いところに引っ掛かってるが、その下は急に谷の幅が広がってるんだぞ!」

 麻袋は、谷底から吹き上げてくる風に吹かれて、不安定に揺れている。

「いやだ! 何としてでも取ってみせる!」

「‥‥よし、それなら俺が行く」

「大丈夫だ! 自分のものは、自分で取る! 私は『つぇー女』‥‥」

 最後まで聞こうともせずに、カラハンは食料袋を背中から下ろした。

「待ってろ!」

 

 両手両足を目一杯広げ、つっかい棒のようにして両岸を支えながら、カラハンは慎重に下りて行く。

 次第に谷幅は狭くなり、90度体を回転させても、カラハンの大きな体ではもう進めない。

 天を仰ぎながら上ってくるカラハンは、全身に悔しさを滲ませていた。


「やっぱり、私が行く!」

「ダメだ! どんなに深い谷か、見えただろう?」

「どんなに深い谷だとしても、絶対になくしたくないものなんだ!」 

「あるわけないだろう、自分の命よりも大事なものなんて!?」

「‥‥それは確かにそうだけど‥‥でも、あるだろう? 命と同じぐらい大事なものって‥‥」

 カラハンは、それ以上何も言わなくなった。

 

 カラハンから渡されたロープを命綱にして、私は、何とか麻袋にたどり着いた。

 しかし、途中で何度、彼の言葉の重さを思い知らされたことだろう。

 震える指先で麻袋を引っ張り上げた時、ポロポロと崩れ落ちた岩のかけらが、豆粒のように谷底に吸い込まれて行くのが見えたとたん、血の気が引くのがはっきり分かった。


 命綱に半ば体重を預けながら、ようやく崖の頂上に近づいた時、ロープを握りしめ、心配そうにこちらを見つめているカラハンと目が合った。

 真下への恐怖からやっと解放されたと思ったら、今度は、いきなり、真上からカラハンの顔の超ズームアップが迫ってくる。

 勢いよくはね上がった眉尻と、対照的に、ほんの少し下がり気味の目尻。

 不安気に見つめているその瞳は、澄んだ、優しいとび色をしていた。

 

 ──し、しまった!

これは、まるっきり、私のタイプだったんじゃないか!

 こんな込み入った局面に及ぶまで、カラハンの瞳をはっきり認識していなかったなんて‥‥。


 

 その夜は、平らな山の頂きで、満天の星を背にしながらたき火を囲んだ。

 

「‥‥すまなかった。あんな言い方をして‥‥」

「いいんだ、袋は無事に取り戻せたし‥‥」

 カラハンは、あれから全然元気がない。

「─実は、俺、呪いをかけられちまったみたいなんだ‥‥」

「‥‥へ!?」

「‥‥それ以来、女の気持ちが、全く分からない」

 ──それって、呪いじゃなくて、生まれつきでしょ!

 うっかり口から出そうになったが、呑み込んだ。どうも、そんな雰囲気ではないらしい。

 「‥‥もう、随分昔の話なんだが、ある女の子に、呪いをかけられてしまったんだ。その言葉は‥‥」

 カラハンは、恐ろしそうに口をつぐんだ。


 長い沈黙が、昼間の疲れをどっと増幅させる。

 星の天蓋を愛でる暇もなく、私たちは、背中合わせで眠り込んだ。

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