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カルチェ・ラタンの魔女  作者: 青星明良
三章 ル・デ・シャン通りの決闘
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ジャネットの回想


今回は、ジャネットの回想ということで、ジャネット本人の語りで彼女の過去が明かされます。

 右目は火を起こす。

 左目は風を起こす。


 それが、私の魔法だった。


 施療院に来る六歳までの記憶はほとんど残っていないのだけれど、大きな火事を魔法で起こしてしまったときのことは覚えているの。


 大人たちが逃げ惑う中、私は火の海の中でぼう然と立ち尽くしていたわ。


 それが、養ってくれていた人に捨てられてしまった直接の原因となったのかは分からないけれどね。


 私、施療院でもたびたび火事を引き起こしちゃったの。それが自分の魔法のせいだと気づいたのは、八歳か九歳のときだったと思う。


 幸い、大火事に発展することはなかったけれど、施療院の子どもたちと喧嘩して気持ちが昂《たかぶ》ると、勝手に右の目が火を起こしてしまって……。


 施療院にはたくさんの孤児や捨て子がいて、大人たちは子どもたちの誰かが蝋燭《ろうそく》を倒してしまったのだと思ったらしい。だから、私の仕業だなんて誰も分からなかったのがせめてもの救いだったわ。……一時期、施療院に悪魔がいて放火騒ぎを起こしているっていう噂が立ったけれど。


 あっ、でも……。


 一人だけ私の右目を気にしている子がいたの。


 それはソフィーだったわ。


 私は嫌なことや腹立たしいことがあった時、興奮のあまり火を起こしてしまわないように右目を手のひらで隠す癖があったのよ。そんなとき、仲が良かったリリーやソフィーが「右目が痛いの?」とよく気づかってくれたものだけれど、ある日、リリーがその場にいなくて、ソフィーだけが私のそばにいた時に、


「ジャネットちゃん。その手を放したら、どういうことが起きるの?」


 そんなふうに聞いてきたことがあったわ。そのとき、ソフィーの顔がまったく笑っていなくて無表情で、何だか背筋がゾッとした。正直言って恐かったわ。泣き虫で気の弱いソフィーでもこんな顔をするんだって驚いたことを覚えている。


 とにかく、この右目の魔法だけは、手に負えなかった。


 左目の風の魔法は私と相性がいいのか、ある程度は操ることも制御することもできたのよ。けれど、右目の火の魔法は、十二歳になっても暴走しがちだった。


 そんなある日、カルチェ・ラタンで本屋をやっているジャック・カドウというおじさんが、妻と娘をペストで亡くしたからと、うちの施療院にやって来て、娘に容姿が似ていた私を養女にしたいと言ってきたの。


 そろそろ施療院から出なければいけない年頃だったから、私、すごく嬉しくて。だって、何の身寄りもない捨て子の私にとって、それはまさに神様の助けだったのよ。


 ただ、一つだけ問題があった。それは、私の右目の魔法よ。もしも、養子に行った先で魔法を暴走させ、火事を引き起こしてしまったらと思うと、すごく恐かったんだよ。


 ジャックおじさんの家に養女としてもらわれることが決まって以来、私は毎晩、寝る前に神様に祈ったわ。ジャックおじさんが正式に私を迎えに来る来週の日曜日までに、どうか私の魔法を消してくださいって。同室だったリリーやソフィーは不思議に思ったでしょうね。ほんのひとかけらの信仰心もなかった私が、必死にお祈りを始めたのだから。


 私だって、そんなことで自分の不思議な力が消えるとは思っていなかったわよ。溺れる者は藁をもつかむって言うでしょ? でも……。


 どういうわけか、ジャックおじさんの家に行く当日の朝、目覚めてみると、私の右目から魔力が消えていた。感覚で分かったの。あるべきものが失われたって。まるで抜け落ちたように……。


 理由は分からないのだけれど、そのおかげで、私は平凡な娘としての生活を手に入れることができた。


 ここに養女に来て七年間、自分に火事を起こしてしまう恐ろしい能力があったことなんて、日々の平穏に洗い流されるようにして忘れてしまっていたわ。けれど……。


 最近のボヤ騒ぎの噂を聞いて、私、心配になってきたのよ。あれはどう考えても魔法の仕業だわ。人間が何十回も放火をして、まるで火を操ったかのように全てボヤ騒ぎだけでとどめるなんて難しいに違いないもの。魔法の眼で火を使いこなせる人間がやっているのだと思う。


 そして、その魔法使いは……。


 もしかしたら、私から火の魔法を盗んだんじゃないのか。


 近頃そう考え始めてね……。


 私の勘が当たっていれば、この数か月間の全ての火事騒ぎは私の魔法のせいだということになるわ。それに、魔法使いがボヤ騒ぎでは飽き足りずに大きな火事を起こそうとしたらカルチェ・ラタンが大変なことになってしまう。


 私、それが不安で、毎日浴びるように酒を飲んでいたのよ。

これにてジャネットの回想は終了です。

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