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カルチェ・ラタンの魔女  作者: 青星明良
三章 ル・デ・シャン通りの決闘
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剣士バジル

 ――息子はパリで魔女を捜そうとしている。ファンが魔女と関わりを持たないように君が監視してくれ。


 父のトマは、グベア博士に手紙でそう書き送っていた。トマは、ファンが悪魔の血を受け継ぐ姉を捜そうとしていることを知っていたのである。その事実に、ファンはもっと警戒するべきだった。


 ファンが、異父姉である魔女と遭遇し、その魔性に魅入られてしまう前に、魔女を殺してしまおう。


 父がそのような恐ろしい考えに至ることをなぜ予想ができなかったのだろうか。魔女は、ファンにとっては異父姉だが、トマにとっては他の男が妻に産ませた悪魔の子なのだ。ほんのわずかの情もあるはずがない。しかし……。


「バジル。あなたは俺の味方でいてくれると思ったのに」


 幼い頃からファンを鍛えてくれて、その身に秘めた魔法をトマから隠し通すように助言してくれたのがバジルだ。彼はどんな時でもファンの理解者だった。だから、ファンが母カトリーヌのために姉を捜そうとしていることも、口には出さなくても応援してくれていると思っていた。それが、なぜ……。


「私個人には、ファン様のお姉様に害意などありません」


「だったら……」


「しかし、主命とあらば別です」


 ファンの期待を切り捨てるように、バジルは冷厳たる口調で言った。


 主君の命令を遂行するためには、個人的な感情など殺せてしまうのがバジルという剣士だった。そういう忠義に厚い男だからこそ、カトリーヌの一件以来誰も信用しなくなったトマもバジルを信頼して重宝し、ファンもバジルを尊敬していたのである。そんなバジルの忠節心が、思わぬかたちでファンを窮地に追いこもうとしていたのだ。


「……殺すといっても、俺はまだ姉を見つけていない。学院の規則がうるさくて、なかなか外出もままならないからな。姉捜しなんてできないんだ」


 魔法の眼を確実に持っているジャネットが、姉である可能性が高い。そのことを知られてしまったら、彼女の命が危なくなると考え、ファンは白々しい嘘をついた。だが、こうやって嘘をついてバジルを惑わす以外に、ファンにはバジルの魔女捜しを邪魔する方法が思いつかなかったのである。


「この壁にかかっていた絵は、近くに人がいないのに、勝手に燃え始めたそうです。……カトリーヌ様は、目に触れたものを発火させる力を持っていた。危うく城内が大火事になりそうになったことも幾度となくあり、トマ様はカトリーヌ様に目隠しをして、城の奥深くの窓のない石の壁の部屋に幽閉したのです。……この火事を起こした人間は、間違いなく、カトリーヌ様と同じ発火の魔術を使える魔法使いです」


 バジルは、ファンの虚言など聞く耳持たないと言わんばかりの無関心で、独り言のようにそう言った。


「魔女は、必ずいます。このカルチェ・ラタンに」


「…………」


「ファン様がお姉様をかばいたい気持ちは分かります。あなたにとっては、半分は血がつながった肉親なのだから。だが、カトリーヌ様を汚したあの悪魔の男の血を受け継ぐ魔女を殺さねば、トマ様の心は死んでも休まることはない。……ファン様が知っているお姉様に関する情報は、私に教えていただけなくても結構です。ただ、目をつぶっていてください。何も考えず、私が役目を果たしてパリを去るまでの間、何も見ぬふりをしてくださるだけでいいのです」


 バジルは、あっけなく、ファンの嘘を見抜いていた。ファンがカルチェ・ラタンの魔女のこと、姉のことをある程度は知っているのだと。


(やはり、バジルには敵わない)


 バジルほどの男ならば、ジャネット、リリー、ソフィーという三人の姉の候補にすぐにたどり着いてしまうだろう。そして、誰かが殺されてしまう。……もしも、バジルが三人のうちの一人に絞り込むことができなかった場合は?


(三人をまとめて殺す? ……誇り高い剣士であるバジルにかぎってそんなことは……。いや、忠義のためならば確実に主命をこなそうとするバジルが、魔女の可能性が少しでもある娘を見逃すだろうか。バジルには鋭い観察眼があるが、俺のように魔力の有無を見抜く力を持っていないのだから……)


 最悪、ジャネット、リリー、ソフィーが無残な最期を迎えるおそれがある。


 ジャネットは、性格は悪いが、文句を言いながらも他人の世話を焼く優しさがある。リリーはファンにとって、初めて母性の温かさを教えてくれた、おそらく死ぬまで忘れがたき女性である。そして、ソフィーとは今日出会ったばかりだが、あのように美しい人が変わり果てた姿になるのは忍びないものがある。


「バジル。悪いが、あなたにはこの街で誰も殺させはしない」


「…………」


 ファンが決意を込めた強い眼差しでそう宣言すると、バジルはわずかに目を見開き、ファンを見つめた。そして、小さくため息をつき、


「親子そろって頑固なのだから困る」


 そう一言呟くと、教会堂を後にするのであった。


 ファンは、バジルの背中にもう一度、


「あなたに、人殺しなんてさせない」


 そう声を投げかけ、ぐっと拳を握った。


(バジルが動き出す前に、何とか対策を練らないと)


 とにかく、まずはジャネットと会わなければ。


 リリーは、魔女ではない。


 ソフィーは、教会の保護下にあるので、ある程度は安全だ。


 しかし、魔法の眼を持ち、ただの本屋の娘にすぎないジャネットは、バジルに襲われる危険性が一番高い。そう考えたファンは、ジャック・カドウの本屋に向かうのであった。

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