第83話 もう一つの別れ(2)
鞄がやけに重かった。家へ続く坂道が、今日はひどく高い山のようだった。何度も鞄を背負い直し、足を引きずりながら、ようやく部屋へたどり着いた。どさりと音を立てて、鞄が床に落ちた。窓を開け、煙草をくわえたままパソコンの電源を入れた。一日の終わりに来ると、静かすぎるのも嫌だった。音楽ファイルを探し、適当に再生した。スピーカーから音楽が流れたが、何の曲なのかさえわからなかった。すべてが雑音だった。空気は濁り、視界は暗かった。
サイワールドにアクセスした。イルチョン(※サイワールドで互いに登録した「友達」を指す呼び名)のリストを下へたどり、一つの名前で止まった。パク・ジソン。まだ友達登録は解除されていなかった。ミニホームページを開くと、何も残っていなかった。トップページの飾りも、アバターのメッセージも、紹介文も、BGMも、写真アルバムも見当たらなかった。その空間を見ていると、彼女がいなくなったことを、いっそう強く感じた。友達登録を残したまま空になったページが、無言のメッセージのようだった。
長いこと、そうして眺めていた。
――空っぽにしよう。
できることが何もないという状況は、自分を小さくした。また訪れたこの気分を味わいたくなくて、友達登録を解除するボタンをクリックした。ジソンのページに新しく載るものは、もう見られなかった。そうして他人になった。ジソンとおそろいでつけていた携帯ストラップを外した。どうしようかと迷い、引き出しを開けた。隅のほうに、小さな箱が置いてあった。
――これ、何だったっけ。
箱の中には、黄色いひよこのストラップが、映画のチケットと南山タワーの展望台のチケットと一緒に入っていた。何だったのか思い出し、ふっと笑いが漏れた。習慣のように、昔と同じことを繰り返していた。箱を引き出しの中へ放り戻し、透明なアクリルにキャラクターの絵が入った、ジソンとおそろいのストラップをいじった。そして、ごみ箱の中へ落とした。片づけるものがこれだけだということも、恋が終わった虚しさを、いっそう切実に感じさせた。服をはじめ、ほかにもいくつか物はあったが、一つずつ思い出す気にはなれず、そのままベッドに体を埋めた。
一度も夢を見ないまま、長く眠った。目が覚めると、着替えもしないで九時間横になっていた。頭がくらりとしたので、水を一杯飲み、またパソコンの前に座った。マウスに触れると、モニターが明るくなった。その光だけが暗い部屋を照らしていた。特にすることもなく、あちこちのサイトを見ているうちに、たどり着いたのはまたミニホームページだった。
ジフンは勢いよく席を立った。熱い湯で体を洗い、着替えると、そのまま大学へ向かった。ちょうど始発が動き始める時間だった。試験期間中は二十四時間明かりのついている図書館の閲覧室に入り、試験勉強に没頭した。夜が明け、太陽が高く昇るまで、一度も席を立たずに座っていた。できるだけ雑念を振り払い、本だけを見た。
そろそろ休もうかと思ったのは、イェインから電話がかかってきたからだった。ジフンは煙草を吸うついでに、電話に出るため外へ向かった。
「どこにいる?」
「図書館」
「あ、本当? じゃあ、私も行くね」
約束の時間までは、まだ間があった。イェインが来たら、また勉強を手伝わなければならなかった。それは別に構わなかった。ほかにやることがあれば、それで十分だった。しばらくして着いたイェインと、昨日のように勉強していると、日が傾いていった。十時間以上も座っていたせいで、腰がしびれてきた。
「今日は一杯飲んで帰ろうよ」
夜明け前から本ばかり見ていたので、目が痛んだ。姿勢もほとんど変えずにいたせいで、体まで痛くなっていた。酒は大して欲しくなかったが、もうどうでもいいという気分で、焼酎を出す店に入った。
「何かあったの?」
普段から無口で、表情の変化も少ないジフンは、いつもと変わらなかった。どこを見てそう思うのだろうと、無理に笑って答えた。
「何で。何かあったほうがいい?」
「そうじゃないけど。何となく、わかるでしょ」
女の勘というものだろうか。それとも、いつもと同じだと思っていたのは、自分だけだったのだろうか。
「大したことじゃないよ」
テーブルの向かいにいたイェインは、疑わしそうな顔で、ジフンのほうへぐっと身を乗り出した。
「大したことないって顔じゃないけど」
「ちょっと、いろいろあって」
「今日はお姉さんが慰めてあげなきゃね。さあ、飲もう」
二日間考えた別れの理由は、結局、自分にあった。どうしてジソンに、それを認められなかったのだろう。とはいえ、もう過ぎてしまったことだった。ジフンはしばらく杯をいじってためらったあと、一気に飲み干した。焼酎の苦みが、喉を焼くようだった。
酒は、いい日に飲むのがよかった。そうでない日に飲むと、終わりはいつも後味が悪かった。
翌朝、ジフンは見知らぬ天井を見て、そのことをもう一度思い知った。




