第22話「絶好調」
病名を貰った男のパーティは、翌日から、なぜか絶好調だった。
狙ったわけじゃない。ただ、全員が全員、昨日の食堂の空気を吹き飛ばしたかったんだと思う。
午前の依頼で、ガルドが上層の中型魔獣を見切りの型で完封した。無傷。本人が一番驚いてた。「儂、強くないか!?」「今更かよ」とヴァーノが茶化して、その本人は午後、詠唱を一度も噛まずに三連続で決めた。街の子供に「魔法のおじちゃんすごい」と言われて、得意満面で「おじ……!?」と崩れ落ちた。
ミナは、初めて自分から「次、私が前で受けます」と言った。全員が二度見した。彼女の張った守りの光は、過去最高に厚かった。
ヴェラは — ヴェラは冗談を言った。一回だけ。内容は大したことなかったのに、言った本人が一番びっくりした顔をしてて、それで全員が笑った。
俺は、その全部を、いい位置から見てた。
夕方、宿の裏で、ささやかな宴になった。ガルドが街の市場で肉を、ヴァーノがどこからか果実酒を(俺は水だ)、ミナが花を一輪、卓の真ん中に飾った。花を買ったのは人生で初めてです、と言って赤くなった。
肉の焼き上がりで、事件が起きた。ガルドの早食いに、なぜかミナが対抗したのだ。無謀にも程がある。案の定、三切れ目で頬袋が限界を迎え、ミナはリスのまま硬直した。何かを必死に主張してるが、一言も言葉になってない。「んーっ!! んんーっ!!」「呑み込んでから喋れ」「んー!!」ヴェラが無言で背中を二回叩き、ミナは復活し、開口一番「——ま、負けてません!」と言った。負けてた。圧倒的に。
「——にしても、大将よ」
ヴァーノが、杯を掲げた。
「最下層で岩上げてた男が、よくここまで来たもんだ」
「連れてこられたんだよ。お前らに」
「言うねえ!」
——屋根の方から、小さく、声がした気がした。
「岩を上げてたから、来れたんだよ。なあ?w」
振り向いたら、誰もいなかった。空耳かもしれない。空耳じゃないかもしれない。どっちでも、否定はしないでおいた。
笑い声。火の爆ぜる音。肉の焼ける匂い。
ミナが笑ってる。ガルドが笑ってる。ヴァーノが笑ってる。ヴェラが——目元だけで、でも確かに、笑ってる。
いい夜、だった。
誰がどう見ても、いい夜だった。
俺は、その輪の中で、笑おうとした。
口の形は、作れた。九回目のやつじゃない、本物を作ろうとした。この夜は本物に値する夜だからだ。頬に力を入れて、目を細めて——
——笑い方って、どうやるんだったか。
手順が、出てこなかった。
いつからだ、と、遡ろうとした。遡れなかった。記憶の霧の、ずっと手前で、もう見つからない。つまりこれは、昨日今日の故障じゃない。何年物だ。……みんなが当たり前に毎日やってることを、俺は、いつの間に、どこに置いてきた?
誰にも気づかれずに欠けてるものってのは、たぶん、欠けた本人が、一番最後に気づく。
影スライムの倒し方は出てくるのに。呪印の消し方は出てくるのに。笑い方の定石だけが、引き出しのどこにもなかった。
「ノボさん?」
ミナがこっちを見てた。
「……いや。肉、うまいなと思って」
「! はい!」
嘘じゃない。肉はうまかった。うまい、が分かるだけで、今夜は上出来なんだ。俺はそう自分に言って、宴の続きを、いい位置から見てた。
◇
夜。全員が寝たあと、俺は書を開いた。
今日の分を書く。いい一日だった。書くことが多い日は、いい日だ。
書き終えて、閉じようとして——手が、止まった。
枠線が。
いつも、ページの端から端まで走ってる、記録の枠線が。
短い。
ーーーぼうけん( )しょーーー
俺は、その欠けた枠を、長いこと見ていた。
それから、静かに書を閉じて、目をつむった。
明日も、いい日にする。やることが決まってると、眠るのは早い——
——はず、だった。
先輩冒険者Aのメモ
※現実世界の諸君へ。今日が最高だった奴、よく聞け。──最高の日ほど、ちゃんと寝ろ。何も疑わずに寝られるうちは、大丈夫だ。




