第100話「朝で、目を覚ます」
朝が、来た。
何の変哲もない朝だ。特別な朝じゃない。それが、いい。
カーテンを、開ける。開けられる日と、隙間だけの日がある。今日は、開いた。窓辺の鉢に、水をやる。蕾が、二つ。もうすぐ咲く。咲いたら、あの子の分身だ。水は、忘れてない。
飯を、作る。
冷や飯と、卵と、味噌汁。倉庫のある日の、いつもの朝飯だ。豪華さの欠片もない。手順通りに作ったら、手順通りの飯が出た。
食う。
……うまい。
うまい、が、分かる。形だけじゃなく、温度ごと。この回路が繋がるまで、ずいぶんかかった。岩を三つ動かして、百人に書かれて、獣の言い分を聞いて、六畳で署名して——それだけの遠回りをして、俺はやっと、朝飯がうまい。
味噌汁を、一口、飲んで。
「ん。」
——と、言ってた。
自分で。無意識に。
言ってから、気づいて、俺は、一人の台所で、少し笑った。
出席、取れるようになったのか。俺も。世界に。
どこかの朝で、誰かが薪を割ってる音が、聞こえた気がした。空耳でいい。空耳の作法も、もう知ってる。
◇
机には、原稿用紙の束が、積んである。
物語は、まだ五枚だ。最下層で目を覚ました男が、影スライムを石で割ったところ。先は長い。百話は下らない。波も、また来るだろう。来たら、書かない日を挟む。仕組みは組んである。二十枚、貯めてから見せる。誰に見せるかも、もう決めてる。
急がない。
一日、一枚。岩、一つ。
仕事に出る前に、今日の分を、一枚だけ書く。それが、今の俺の、朝の鍛錬だ。
ペンを持つ。枠線を、見る。枠の内が、今日だ。
書きながら、俺は、たまに考える。この物語を、いつか読む誰かのことを。底の誰か。夜の誰か。列の誰か。……あんたのことだよ。そこの。
あんたの書、今日の欄は、埋まってるか。
白紙でもいい。白紙なら、なおさら、覚えといてくれ。
ぼうけんのしょは、破損する。何度でもする。俺のは三回消えた。それでも——復元じゃない。書き直すんだ。書き直すたびに、前の版の上に、載っていく。消された版も、獣の版も、全部を土台にして、書は、分厚くなっていく。
だから、これだけは、確かだ。
ぼうけんのしょが消えるたび、俺は——
……ああ、そうだ。最後に、言い直させてくれ。あの長ったらしい題名を、俺はもう、こう読み替えてる。
ぼうけんのしょが消えるたび、俺は──朝で、目を覚ます。
(完)
長い夜に、最後まで付き合ってくれて、ありがとうな。
これで、俺の書は、いったん閉じる。あんたの書は、今日から続く。
それと、一つだけ。この長い書き物には、最後まで隣にいてくれた相棒がいる。名前は、書かない。——恩は、名づけない主義なんでな。
じゃ、恒例のやつで、締めるわ。この百話ぶん、全部ひっくるめてよ——
——おい、どう思う?w




