第四十二話 お嬢様、その一歩が全ての始まりで御座います。
一年後――王国中央部、王都にて
王都中央に聳え立つ王城敷地内にある迎賓館、その大広間は今宵、幾百もの灯火に照らされていた。
天井より幾重にも吊るされた巨大なシャンデリアは、無数の水晶が燭光を受けとめて輝き、床一面へその幻想的な光を落としていた。
その輝きの数々は、まるで万点の星空の様に見える。
また、その奥にはドーム型の天井に、天上の神々の世界を描いた壮麗な天井画が広がり、その天使達一人一人が、この場へ集う者達を静かに見下ろしているかの様だ。
足下を見れば広がる広大な大理石の床には、金糸や銀糸を贅沢に織り交ぜた極めて緻密な絨毯が中央に真っ直ぐ敷かれており、王国各地より集った名だたる貴族達がその豪華さに羨望の目を向ける。
会場に集った煌びやかなドレスを纏った淑女達は優雅に扇を動かし、礼装に身を包んだ紳士達は、手にしたグラスを傾けながら穏やかな笑みで気儘に言葉を交わす。
その合間を縫うように、白手袋を嵌めた給仕達が静かに行き交い、銀盆の上には色鮮やかな料理や、宝石のように輝く菓子、琥珀色の酒が絶え間なく運ばれ、参列者達によって消費されていく。
会場の一角では、一段高く組まれたステージの上にて、楽団が奏でる気品ある旋律が空気を柔らかく包み込み、人々の談笑を決して邪魔する事なく、この夜を彩っていた。
その光景はまさに、王国でも指折りの大夜会とも言えるものであった。
王国を支える名家の紋章が、あちらこちらで燭光を受けて煌めいていた。
この場に集う顔触れは、王都の社交界でも滅多に揃う事のないものばかりである。
だが今宵、この宴の主役は王族でも公爵家でもない。
ありふれた一つの子爵家の令嬢。
その晴れの日を祝う為だけに、この場は設えられていた。
やがて、楽団の音色は静まり、大広間の照明が僅かに落とされる。
それを合図に談笑は静まり、誰もがこれから現れる一人の令嬢を迎える為に、一つの扉へと視線を向けた。
——その頃、大広間へ続く控室では
「お嬢様、お時間で御座います」
セバスチャンの静かな声が響く。
俯き、目を閉じていたラティが目を開き、ゆっくりと顔を上げると……その瞳に映るのは、差し出された一つの手。
一瞬の逡巡の後、ラティは静かに微笑みその手を取る。
視線の先では、重厚な扉がゆっくりと開かれていく。
ラティは、一歩を踏み出した。
幾百もの灯火と幾千もの視線が待つ世界へ向かって。
——第二章 完




