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(あの人、どこ行ったの!?)
人気の無い城内を、カトゥは焦りを滲ませながら駆けていく。
あの後、青年に揉まれ続けた彼女は、夢の世界に片足を突っ込みかけていたものの、扉の閉まる音で我に返ったのだった。
慌てて周囲を見渡すが青年の姿は無く、床にのびて動かないノドゥス達を放置して、彼を探す為に、急ぎ部屋を出て来たのである。
(まあどうせ、足元に転がってる侍女達を辿って行けば、彼が行きつく場所は一つしかないのよねぇ~……!!)
視線を落とせば、侍女や兵士が何人も倒れ伏していた。しかも、それが城の奥へと続いている。
こうなっている原因は、あの青年しか考えられなかった。なぜなら、廊下に倒れこむ者達の全てが、蕩けた顔でぴくぴくと体を震わせていたのだから。
(凄く見覚えがあるわぁ……まるで儀式の間に置いてきたノドゥス達そっくり、って言ってる場合じゃないわ! 早く彼を見つけないと……というか、彼移動するの早くない? 全然姿が見えてこないんだけど??)
それほど遅れている訳では無い筈だが、まさか人族に追いゆく事が出来ないなんて、とカトゥは信じられない気持ちでいっぱいだった。
「ほぎゃあああああああああ!?」
聞こえて来た大絶叫に、カトゥは一瞬で転移魔法を発動する。当着地点は、この騒動を起こしている青年のいる場所……王の間である。
「父上!!」
「ああ、あああああ、あああぁ~……」
(おああああああやあっぱりねぇえ!!)
そこには、青年に馬乗りになられた魔王が、床でうつ伏せに倒れていた。
しかし、魔王と言ってもその体は人族で言う五歳児程の大きさしかない。なぜなら魔王自身がこの方が可愛いからと言って、自ら姿を変えているからである。
そんな魔王が幼い手足をバタつかせ、金色の髪を振り乱している姿は駄々を捏ねている子供のようにしか見えなかった。
大きな声で喚き続けているものの、青年は特に気にした様子も無く、肩や腰のあたりをしきりに触っている。
周りには、大勢の兵士達が円を描くように倒れており、皆で彼を取り押さえようとしたのだろう。
(たたた大変な事になってるぅう!? と、兎に角、お父様からあの人族を引き剥がさないと、あんなに叫んでいるんだから、さぞ痛い思いを……)
「むにょおっ!? お、お、お、おおおおおお~!!」
(……うん? なんだか、ちょっと気持ちよさそうな)
よく見れば、魔王は緩んだ顔で青年のされるがままになっていた。
「あ、ああ~……気持ち良いんじゃぁ~」
「ここ、結構張ってますねぇ。普段のお仕事は、長時間椅子に座りっぱなしなんですか?」
「んう~……そうなんじゃよぉ。これでもわし、とおっても忙しいんじゃよぉ」
「そうなんですかぁ」
佐野の声は、一般的な人族に比べてやや低く、それが眠気を誘うようで、魔王はうつらうつらと船を漕ぎ始める。
(……うん、その、お父様の気持ちも、実は良く分かるよ。私もさっきそうだったし。分かるんだけど……これ……このまま放置して良いの?? え、どうしたらいいの??)
現状に困ったカトゥは、その場でおろおろとするばかっり。そうして、どれくらいの時間が経ったのか。
「……はい、終わりましたよー」
あれだけ妨害されても一切手を止めなかった佐野が、漸くブンちゃんから手を離す。
「んん……もう、おわり?」
「はい。お疲れさまでした」
眠そうな目を擦りながら、魔王は大きく伸びをした。すると、何かに気付いたようで、手を握っては開きを繰り返し、両肩や首をぐるぐると回しだす。
「父上、どうかされましたか?」
心配になってカトゥが声をかけるも、聞こえていないのか返事は無い。やがて、その何かが分かったのか、ブンちゃんは周囲が止める間もなく、佐野に飛びついた。
「ぐふっ」
「父上!?」
「お主、さっきのは一体なのじゃ! 魔法か!? 異世界の治癒魔法じゃな!!」
驚くカトゥを気にも留めず、ブンちゃんは抱き着いた青年の頭を体全体で揺さぶる。頬はほんのり紅潮し、目を輝かせて問いかける彼は、しがみ付いている相手が苦しそうにしている事に気が付いていないようだ。
「……父上、そのままでは 彼が窒息します」
見かねたカトゥが、揺れる体を固定して引き剥がす。助かったとばかりに深く息を吐く青年に、魔王はもう一度同じ質問をした。
「さっきのは異世界の治癒魔法なのか!?」
「いえ整体です」
(……セイ、タイ?)
即答した彼の言葉に、カトゥは首を傾げた。