異世界召喚と救世主?
(本当に、上手く行くのかしら……?)
薄暗い部屋の中で、照明用の蝋燭に火を付けながら魔族の王女カトゥこと、カントゥス・フォルトゥーナ・フルクトゥアトは内心不安でいっぱいだった。
魔族と人族が和解して数百年が経った現在、世界中で幻獣が暴れ出し、カトゥの父である魔王は事態解決をする為、日々激務に勤しんでいた。
しかし、幻獣の暴走を完全に治めるには至っておらず、日々頭を抱える状況が続いているのが現状である。
(お父様の為に、何か出来ないかとノドゥスに相談してみたのは良いけれど……)
カトゥは半目になりながら、部屋の中央に立っている人物を見た。
煤けた銀の長髪を緩く後ろで結び、黒地に金と赤でルーン文字が装飾された服装を整えながら、深呼吸を繰り返す壮年の男こそ、魔王の右腕たる吸血鬼族のノドゥスその人である。
(ノドゥスの一族に伝わる古代魔法を使って、異世界から救世主を呼び出す。いい方法だと思ったけど、正直、その儀式がね……)
聞かされた内容を思い出し、カトゥはそっと溜息を吐いた。
「……あの、カトゥ様……何か怒ってらっしゃいますか?」
こちらの視線に気付いたらしいノドゥスの言葉に、カトゥは眉間に皺が寄るのを感じた。
(別に怒ってる訳では無いんだけど……そんなに怖い顔してる……??)
思わず、そっと自身の頬を撫でる。
(あの日から、どれだけ笑えてないかしら……城の皆に心配をかけているのは分かっているけど……ううん、私の事は後よ。今はお父様の為になる事をしないと)
小さく首を振った際に、長い黒髪が流れ落ちる。少しウェーブのかかったそれを軽くかき上げると、カトゥは小さく息を吐きだした。
「いいえ、別に。それよりノドゥス、準備は出来たのかしら?」
「は、はい! たった今、完了しました!!」
準備が終わったと言ったノドゥスに頷いて見せたカトゥは、彼の邪魔にならないよう、入り口に近い所へ移動し、壁に凭れかかる。
「じゃあ、始めてちょうだい」
カトゥが一言そう指示すれば、彼は敬礼を返し、目を閉じて精神統一を始めた。何度も深呼吸を繰り返していたノドゥス。
「すぅ……はぁ……。ヨンモ ノ ヨトコ ルアリヨ クルフ」
彼は次の瞬間、不思議な呪文を唱えながら踊り始めた。
(話を聞いた時にも思ったけど、やっぱりへん……変わった呪文ねぇ)
聞いた事も無い言葉の羅列を唱えながら踊る、というへんてこな古代魔法に初めは不安しかなかったカトゥだったが、ノドゥスの足元に光り輝く魔法陣が浮かび上がったのが見えて、無事に作動したのかと安堵した。
「ノモ シリワマタ ヲイメ ノウオ ハレワ」
(彼が呪文を紡いで踊り続けるごとに、陣が大きく複雑に編み上がっていくわ。長らく使われていないと聞いたから、どうなるかと思ったけど……これなら、どうにかなりそうね)
時間がかかるにつれて輝きを増す魔法陣に、カトゥはホッと胸を撫でおろす。
「トビビタ ノラカ イカイ ハムゾノ ガラレワ」
(魔力の流れも安定している。彼も結構な年だから心配だったけど、なんだかんだお父様の右打ち名だけあるわね)
一心不乱に踊り続けるノドゥスの姿に、流石だと感心した。
そんな事を考えている内に、一際大きな円が描かれ、内側にある円との間を埋めるように古代魔法文字が書かれていく。
「ノモ ノウホイ ツモ ラカチ シメッ……」
「……ノドゥス?」
しかし、ここでノドゥスに異変が起きる。腕を振り上げるたびに一瞬踊りが止まり、また動き始めたかと思えば腰を捻った途端、ついには立ち止まってしまった。
(一体何が……肩で息をしているみたいだし、表情も苦しそう……はっ、ま、まさかこの魔法、見ている以上に辛いものだったの!? そ、そこまで過酷だったなんて……私ったら、何も知らずに疑ったりして……)
カトゥの目には、苦痛を耐えるようなノドゥスの姿が、身を削ってまで召喚を行おうとしているように映る。
自身を犠牲にしてまで父である魔王を救おうとする姿勢に、内心感動していたカトゥだったが、その表情はぴくりとも動いていない。
「ふぅ……シメズシ ヲイカセ」
そんなカトゥの様子も露知らず、ノドゥスはなんとか息を整えると、踊りを再開した。だが、苦しみは続いているらしく、集中力は切れかけているようだ。
(……というかノドゥス、なんだかイライラしてる? 眉間に凄く皺が寄って見えるし、口の端もなんだか痙攣している……? やっぱり無理させてたのかしら)
彼の異変に戸惑いながらも、その気持ちは分からなくは無いと思う。
そもそも、魔王の右腕だけあって、ノドゥスも相当量の仕事を受け持っていた。体への負担は魔王に及ばずとも、それなりの物の筈だ。
「ヨ ケドッ……トキキ ヲイガ、ネ ガワ ニッ……ココ……」
故に――彼も色々と疲れていたようである。
「この、痛みを、どうにか、出来る奴、でてこいやあああああああああああああ!!」
(えええええええええええええええええええええええええええええええ!?)
ノドゥスの叫びと同時に魔法陣が完成し、彼の望みに呼応して輝きがひときわ強くなった。
「し、しまっ」
(まずい!!)
咄嗟に駆けだしたカトゥは、自室に置いて来てしまっていた魔剣を魔法で呼び出し、ノドゥスの前に立つ。盾になるように構えたのとほぼ同時タイミングで。
――ドッカーンドガララガッシャーン――
強すぎる願いと膨大な魔力によって編み上げられた魔法は、大地を揺らすしたのではと錯覚する程の爆音と、目を焼きそうな閃光を伴って発動した。
「な、なにが起きた!?」
「魔法の暴発か!?」
爆発音と振動に驚いた者達の声と足音が、吹き飛ばされて扉のなくなった入口から聞こえてくる。
「っ……ノドゥス、無事ですか?」
爆風に耐える為に床に突き立てていた魔剣を仕舞いながら、カトゥはノドゥスを振り返った。
「ゴホッ、はい、何とか……。しかし、流石は魔都一の魔剣士で御座いますね。爆発の寸前で私の前に飛び出し、生命力を吸い尽くす魔剣の力を応用して、衝撃を吸収するだなんて。それに引き換え、咄嗟に張った防御魔法も消し飛ばされ、カトゥ様にもご迷惑をかけてしまうなんて……アタタタ」
土埃の舞う中、間一髪で助けられた彼だったが、カトゥに庇われてしまった事がよほどショックなのか、意気消沈している。
その際に腰を強打したようで、顔を顰めながら擦っていた。そんな彼になんと声をかけようかと迷っている内に、気が付けばカトゥ達の周りには兵士達が集まってくる。
「部屋がめちゃくちゃに……ノドゥス、なにやらかしたんですか!?」
「まさか魔法の暴発ですか? 無茶しないようにと、あれ程お伝えしたのに!!」
「また呪文を一節間違えたんですか? 老眼鏡をしたほうが良いのではないですか?」
「お前たちは、私をなんだと思っているんだ!!」
(あはは……ノドゥスは仕事熱心なのは良いけど、変な所で抜けてるから……お父様と同じくらい、城のみんなからは慕われてはいるのだけどねぇ……)
呆れだったり心配だったりを含ませた部下達の言葉に、ノドゥスは至極不服だと噛みつく。しかし、それも彼が城の者達から信頼されている証だと、カトゥは表情が変わらないながらも内心苦笑していた。
ふと、部屋の中心に気配を感じ、勢いよく振り返る。そこは、先程まで魔法陣が展開されていた場所であり、爆風の中心地。
カトゥ達以外の人物は、今駆けつけた者達ばかりであり、何より中に入ってきたのなら、彼女が気付くはずである。
「む……もしや、救世主様か!!」
同じように気配に気付いたノドゥスが立ち上がり、何者かに呼びかけた。ふらつく彼を、部屋の中に入って来た部下数名が支える。
(……でも、その割には、魔力も何も感じないけれど)
訝しんだカトゥが、魔法で微弱な風を吹かせた。立ち上る土煙が外に流れていき。
「……ノドゥス、見間違いじゃなければ、あれは人族よね」
「……私にもそう見えますね」
煙が晴れたそこには、人族の青年が背を向けて立ち尽くしていた。上下が紺色で統一された衣服を身に纏う彼は、遠目から見ても程良く引き締まっているのがわかり、相当鍛えているのだろうと想像出来る。
(と言うかあの人、すっごく大きくない?? 私より頭三つ分くらい大きいんだけど)
目測だけで分かる青年の大きさに、カトゥは心の中で顔を引き攣らせた。当の青年は、騒がしさと埃っぽさに咽ながら周囲を見渡し、カトゥ達と目が合うと驚いた表情で固まった。
「ま、まさか……召喚が失敗したのか!?」
「あ、ちょっと、ノドゥス!!」
腰をおさえ、ヨロヨロと近づこうとするノドゥスを、カトゥが抑え込む。
すると、その様子を見ていた青年は目を大きく見開くと、真顔でこちらにどしどしと歩み寄ってくる。そのどこか威圧感にも似なオーラを放って近づいて来る姿に、数人の兵士達がズサッと後退った。
結果、カトゥとノドゥスの周りだけ、綺麗に人がいなくなる。正確には、ノドゥスも含めた全員が、カトゥの後ろに隠れてしまったのだが。
(ファッ!? ちょっとみんな!? 私達を置いていかないで!? と言うか、私を盾にしないで!!)
慌てて兵士達を見るも、彼らは皆一様に首を横に振る。それはもう、首が取れるのではと言わんばかりに。
「おいこら!! 憲兵のお前が、人族にビビッてどうする!?」
「そう言うノドゥス様こそ!!」
(いやいや、ノドゥスも兵士達も私に隠れてないでええええ!?)
やいやいと言い合うノドゥス達に何かを言おうとするカトゥだったが、突然頬を掴まれ、ぐいっと正面を向かされた。
(ななな、何、……ひぇっ)
目線の先に居た存在に、彼女は心の中で悲鳴を上げる。そこには、この場にいる誰よりも大きな青年が、目を血走らせながら無表情で見下ろしていたからだ。
(なになになになに!? いや何どういう状況!?)
困惑して手を彷徨わせるカトゥを気にする事無く、青年はひたすら無言で顔を揉んでいる。
(ど、どどどっどどど、どうしたら!? というか、彼は何? 何なの!? どちら様!? なんで私の顔を!?)
現状が呑み込めない頭で考えていたカトゥだったが、彼の手が首元を掠めたその時。
「ひぇっ」
小さな悲鳴を上げてしまい、彼女は思わず口を押えた。途端、兵士達がカトゥの背中から勢いよく飛び出した。
「おいごらぁ!! 我等の姫様になんて事してんだ!!」
「俺達も触ったこと無いのに!!」
「そうだそうだ!! お前ずるいぞ!!」
(いやみんなそんな事思ってたの!? 初耳ですが!?)
表情が変わらないながらも驚くカトゥを尻目に、兵士達が青年を引き剥がそうとする。しかし、彼は全く動じた様子がない。
「あちょ、そ、そこはだめえええええ!!」
「だだだだだだだいだいって痛いちょっと待ってまってえええ!!」
「はああああああああん、そこ気持ちいぃい……」
むしろしがみ付いた事で存在を認識されてしまったらしく、兵士達は次々に彼の魔の手にかかって、恍惚とした表情で床に倒れていく。
「だぁーれがお前達のだ!! ふざけた事抜かすな!! と言うか、貴様はいい加減カトゥ様から離れんかぁああああああああんそこはあああああ……」
そう言ってノドゥスも飛び掛かるが、あっけなく返り討ちにされた。
(うっそでしょ全滅したんですけど!? って、あ、ちょっと、こっち来ないで、みぎゃあああああ!?)
こちらに伸びてくる手に抵抗する間も無く捕まったカトゥは、その後青年の気が済むまで揉みしだかれたのだった。




