番外・狼陛下の求愛~sideサヴァル~2
それから一夜明けた城内では、僅かながら、コレットがいないことに気づく者たちが出始めた。そんな彼らには、コレットは所用のため一時的に実家にいると伝えると、納得して仕事に戻った。
極近しい存在である侍女のリンダとジュード、それに近衛騎士団の連中には昨日のうちに真実を話してある。一瞬静まった後に場が騒然とし、リンダは心底驚いて泣き崩れ、アーシュレイに支えられていた。
『どうして帰してしまったのか!』
『何故我らに黙っていたのか』
騎士団員からは非難の声を浴びせられた。苦楽を共にしてきた彼らは、容赦なくサヴァルに詰め寄ってきた。
まったくその通りで一言も言い返さず、目を閉じて彼らの言葉を噛みしめていた。
すると止まない非難に耐え兼ねたのか、アーシュレイが声をあげた。
『皆さん、そうは言いますが。敵を欺くには、まずは味方から……という言葉をご存知ですか』
メガネを光らせつつも静かに問われると、騎士団員らはすぐに口をつぐんだ。アーシュレイの醸し出す静かで不気味な気配は、毎度ながら本当に大したものだと感心する。
静まった皆に、コレットを迎えに行く旨を伝えたら一転して喜びに変わったのはいいが、なんとも仰々しい事態になってしまった。サヴァルとしては国王陛下としてでなく、ひとりの男として、単身で愛を伝えに行くつもりだったのだが……。
「陛下、準備が整いました!」
牧場へ向かうべく、騎士服を身に着けたサヴァルが城の正面入り口に出れば、ピシッと姿勢を正した騎士団長が快心の笑顔で報告をしてきた。サヴァルはなにも命じていないが、どうやら待ち構えていたようだ。すぐに出発できるよう、準備万端に整えられていた。
「貴様らは、本当についてくるつもりか」
「もちろんです! お相手は王妃となるお方。とても陛下おひとりにお任せできません!!」
渋い表情をするサヴァルに対し、騎士団長は真剣な顔を見せる。
過去に二度も襲われたことをあげられて、もう三度目はないと言われればごもっともで、サヴァルにはぐうの音も出ない。
そして、侍女のリンダまでもが一緒に迎えに行くと言って譲らない。大きな鞄を持っているが、中には純白のドレスが入っていると言う。
「恐れながら、陛下。告白が成功したあかつきには、あちらで本物の結婚式を挙げるべきだと思うのです!」
リンダの瞳が、燃えるように輝く。アーシュレイも含めた騎士団員たちと相談して段取りを整えたと、リンダはサヴァルに力説する。
「コレットさまも、ご家族同然の皆さまも、きっとお喜びになられますわ。皆に祝福されて式を挙げるのは、女性のあこがれなんです」
リンダは胸の前で手を組み、夢見るような表情をする。
恐らくリンダの言うことは本当で、コレットも喜ぶのだろう。
「ならば、よろしく頼む」
コレットの喜ぶ顔が見られるならば、どこでだって式を挙げてやろう。
だがもしも求婚を拒否されたら、リンダはどうするつもりなのかと、ふと思う。意気消沈する姿が目に浮かぶが、サヴァルにはそうさせない秘策がある。
一生腕の中から逃さないよう、縛るもの。それは権力を使った最終手段であって、もしかしたらコレットを悲しませるかもしれない。使わずに済めば、それが一番いいのだが……。
リンダはアーシュレイの馬に乗せ、サヴァルは出発の号令をかけた。
団長を先頭に隊列を組んだ立派な騎士団が、城門をくぐっていく。
都街を通り抜けてアルザスの山を登り、だんだん牧場が近づくにつれ、サヴァルの心臓が騒ぎ始めた。手綱を握る手が震えており、緊張しているのを自覚する。
どんな強敵を目の前にしても震えたことなど一度もないが、不安ばかりがサヴァルの胸を支配した。
初めての愛の告白に、求婚。果たしてコレットは受け入れてくれるのか。今更何を言っていると、罵倒されはしないか。追い返されはしないか。
恋という感情は、こんなにも心を弱くするのか。鍛え上げた肉体を持つ大人の男が……まったくもってヘタレだと自嘲する。
やがてたどり着いたニックの牧場は、たいそう美しいところだった。
牛がのんびりと草を食み、穏やかな風が吹き渡る。ここだけは、時間がゆったりと流れているようだ。コレットの魅力のひとつであるのんびりした部分は、おそらくここで培ったものだろう。
食事の席ではよく牧場のことを語っていたのを思い出し、ふとサヴァルの口元が緩む。
確かに、いいところだ。
「あちらの建物におられるようです」
リンダが指し示す方に、大きいが簡素な建物がある。
腰に付けていた剣を騎士団長に預ければ、真顔で「ご幸運を!!」と言うから、ますますサヴァルの緊張感が高まった。
“恐れを知らぬ狼の騎士”
“猛る獣もひと睨みで腹を見せて降伏し、屈強の男も気絶する”
巷でそう噂されているとサヴァルも知っているし、半分はその通りだと自覚している。だが、コレットがどう反応するか不安で心が震えている今は、捨てられた子猫よりも弱いと思う。
近づくにつれ、中から箒で地面を掃くような音が聞こえてきた。
入り口から一歩中に入れば、コレットが懸命に掃除をしている。木綿のワンピースを着て豊かな髪をふわふわ揺らす姿を見、考えるよりも先に、サヴァルの体が動いていた。
体の芯から沸き上がってくる例えようもない歓喜は、不安などをいっさい吹き飛ばしていた。
後ろからふわりと抱きしめると、華奢な体がわずかに震えた。




