王妃に相応しき者6
翌朝、日が昇るとともに起きて出発したふたりは木こりの使う道を見つけ、そこを辿ってすぐに大きな道に出ることができた。
「……これは、元の道だな」
陛下の視線の先に、街道であることを示す立て看板がある。しばらく進めば都街に通じる道に出られる場所だった。体力を回復した馬に乗り、辺りを警戒しながら進む。
まだ早朝と言ってもいい時間。このまま敵に見つかることなく、無事に都街に着くことを願う。
静かで、馬の蹄の音だけが辺りに響き、とてものどかだ。もう敵は諦めていて、襲ってこないかもしれない。
コレットがそう思ったのも束の間、陛下が突然馬を走らせた。
「しまった、気づくのが遅かったか」
陛下が悔しげにつぶやき、馬が速度を落としていく。
「え……まさか」
「奴等に囲まれた」
前方と背後、横からも、両方の木立の中から馬と人が飛び出て来て、ふたりは囲まれていた。
金で集められたのだろうか。荒くれた風貌の者もいれば、それなりに身なりが整っている者もいる。そのうちの何人かは弓をかまえて、今にも矢を放ちそうにしていた。
「あーこらこら。まだ、殺してはいけませんよ。まだ、ね」
敵の輪の中から前に進み出て、にんまりと笑って一礼をしたのは身なりのいい紳士だった。
「いくらなんでも、訳も知らずに殺されては堪らないでしょう。私はこれでも、慈悲深いつもりですから。お久しぶりですな、サヴァル殿……いや、今は陛下でしたな」
「ジフリード……貴様、生きていたのか。慈悲深いとは聞いてあきれるぞ」
狼のような威光を彼らに向けている陛下に、コレットはおずおずと声をかけた。
「あの人は誰なのですか?」
「ユーリス王の医師だ」
「先代さまの……じゃあ、毒をリシェルさまに渡した人ですか!?」
陛下が『生死不明だが命は失くしているだろう』と言い、リシェルが『身の行方はわかりません』と言っていた人だ。彼が敵のボス? 裏山でコレットを狙って来たのも彼なんだろうか。
コレットが呆然としていると、女性の凛とした声が輪の中から響いた。
「王妃さま、私もいましてよ。お元気そうでなによりですわ。まあじきに、この世とさようならになりますが!」
馬の陰から現れた若い女性がジフリードの隣に立ち、コレットに冷たい微笑みを見せる。女性は質のいいワンピースを着ており、平民とは違う上品な雰囲気を醸し出している。
「マリア、まさか……あなたが?」
「ああそうでした。ご挨拶が遅れましたな。王妃さま、お初にお目にかかります。ジフリード・マイセルと申します」
ジフリードは、コレットに恭しく礼を取って見せる。
先代王の医師とマリアが。いったいどんな関係なのか。どうして命を狙ってくるのか、コレットは混乱してしまう。
その傍らで、陛下は落ち着いた様子を見せている。コレットの手を握り「私に任せろ」と耳打ちをした。
「ジフリード、貴様が生きているとは思わなかったぞ」
「はい、逃げました! あのまま城にいれば毒を処方せよと命じてきた大臣に、いつ殺されるか分かりませんからねえ。内戦に紛れて身を隠しましたよ!」
ジフリードは、大臣に金を渡されて毒を作ったが、いつも身の危険を感じていたという。逃亡中にマリアと出会ったと言って彼女を示した。
「ならば隠れ続けていればいいだろう。何故、今ごろ出て来た」
「ご結婚されたと、噂を聞きましてねえ。お世継ぎが生まれると、王家の血筋を引く、このマリアさまがお困りになりますから。だって、そうでしょう? 殺さなければならない人が増えてしまいますからねえ」
「王家だと……? 嘘を言うな。内戦時に主たる王族は皆殺しにされて、血筋は絶えたはずだぞ」
陛下が睨みを利かせると、ジフリードはたじろぎながらもニヤリと笑った。
「このお方は、ユーリス王の祖母さまの家柄であられます。この国の片隅で、ひっそりと暮らしておられました。ガルナシアの王族復活を望まれています。私は、そのお手伝いをしたいと申し出たわけです」
「ふん、随分とうっすい血筋だな。王族とは名ばかり、ただの外戚だろう」
「そんなことはないわ! 立派な王族よ!」
マリアが激昂して、陛下を睨みつける。王族の一員としてパーティに出席したことのあるマリアは、そのことに誇りを持っていた。内戦前はユーリス王の祖母の家として、権勢を誇ってきたのだ。いい暮らしをしていた。ところが内戦が始まると、生活が一変する。家族が殺される中マリアだけは命からがら逃げおおせ、残った財で細々と暮らしていた。そんなときにジフリードと出会い、城の生活などを聞くうちに野望を持ったのだ。
「彼は、ユーリス王を殺めた本人だぞ。いつか裏切られるかもしれないぞ。いいのか?」
「そんなことは承知のうえだわ。だけど味方に引き入れてしまえば、私にとって、こんなに心強い人はいないの」
マリアはジフリードの頭の良さと行動力を買っているようだ。若いマリアひとりでは、大それた事を起こすのは到底無理。騙されて金品を奪われかねない。知り合ってどれほどの月日を過ごしたか分からないが、お互いに信頼関係を築いたのだと思える。主に、金の。
「マリアを女王に仕立て、後見人となる貴様は私腹を肥やす訳だ」
「それは、人聞きの悪いことですな。まあ、この手で、政務は牛耳らせていただきますが!」
高らかに声を立てて笑うジフリードの顔は、醜く歪んでいる。もとは医師で人を助ける側だった彼が殺める側に立つとは、金と権力に取りつかれると人は変わるものだ。コレットは哀しく思う。
「そう上手くいくかな? 私を殺したとしても、マリアを即位させるのは簡単なことではないぞ」
「そこは、利用できる人がいますから」
ジフリードが意味ありげな笑みを浮かべると、マリアがクスクスと笑った。
「まさか、ミネルヴァ、か? 奴も、この件に噛んでいるのか」
「いいえ、ミネルヴァ大臣など、小者だわ。王妃付きの侍女だったこの私に、金をチラつかせて、再三書庫の鍵を盗むように依頼してきたわ。王妃を陥れたいと言って」
ミネルヴァにはそれくらいしかできないの!と言ってケラケラ笑うマリアに、コレットは尋ねた。
「じゃあ鍵は、マリアが盗んだんじゃないのね?」
「私は、ミネルヴァの誘いに応じていないだけ。でも、書庫の鍵を盗んだのは、私」
「それなら今、鍵を持っているの?」
返してほしいと請うコレットに、マリアは首を横に振った。
「持っているのはミネルヴァ大臣。盗んだ後、彼の部屋の前に落としておいたの。見つけたときの彼の喜び具合ったらもう、とてもおかしかったわ!!」
声を立てて笑うマリアは、鍵を盗んだのはほんの遊び心と国王夫妻を動かすことが目的だったと、不敵な表情をする。
「ミネルヴァ大臣には、それなりの権力があるわ。だからこれから大いに利用させてもらうの!」
野望成功が間近だと確信しているマリアはケラケラと笑い、その様子は狂気に満ちている。
リンダの下で働いていたマリアにこんな姿を見せられるとは、コレットは夢であってほしいと思う。
侍女として城に来たのは、内偵するためだったのか。向けてくれた笑顔は全部偽りだったのかと、哀しくなった。
沈んでいるコレットの手を握る陛下の手のひらがゆっくり移動し、がっしりと体を支えた。
「ところで、ジフリード。リシェルさまは貴様が生きていることを知っているのか」
「いいえ。存じません。ですが、いつか陛下はリシェルさまのところに来られるだろうと思って張っておりました。騎士団をお連れになるかと思いきや、おふたりのみ。この機会を逃さない手はありません」
陛下は手綱を握る手にジリリと力を入れ、馬は動かされる気配を感じて、ブルルッと頭を振った。
「貴様、私を誰だと思っている。狼と呼ばれる騎士王だ。そう簡単に、やられはしないぞ」
「いやいや陛下。昨日は見事な手綱さばきを見せていただきましたが、今日は、そうはいきませんぞ! ご覧あれ、この状況を! さあ、お覚悟を!!」
ジフリードが合図をすると一斉に矢が放たれ、陛下は馬を走らせるのと当時にコレットの体ごと飛び降りた。
馬は敵をなぎ倒して走り、矢は身を伏せた陛下の頭上をかすめてまっすぐに飛ぶ。目標を失って飛び続けた矢は敵の体に刺ささり、悲鳴を上げる声があちこちで響いた。
敵が狼狽えてざわつく中陛下は剣を持つ敵に素早く近づき、短剣をシュンッとひと振りして腕を斬った。剣がガランと音を立てて落ち、敵は悲鳴を上げて斬られたところを押さえて座り込む。落ちた剣を素早く拾いあげた陛下は身構えつつも、短剣はコレットに差し出した。
「君はそれを持って私のそばにいろ。なにがあっても離れるな」
「は、はいっ!」
剣を持った陛下は強い。コレットを庇いながらも敵を次々に倒していく。
コレットは短剣を握りしめて、敵の動向に目を配る。矢を構える敵を見つけたら陛下に声がけし、自分に近づきそうな敵がいたら短剣をめちゃくちゃに振り回して見せた。とにかく、陛下の足手まといにならないよう必死だ。
けれど、いくら陛下が強くても多勢に無勢。次第に陛下に疲れが見え始めた。息が上がり、剣を振る腕が遅くなっていた。
「そろそろ、お疲れのようですね。陛下?」
ジフリードがにやりと笑って、落ちていた剣を拾った。
「これは、私でも、倒せるかもしれませんなあ」
至近距離で矢をつがえた賊たちが周りを囲み、ジフリードが剣を構えた。いくら陛下でも、もう逃げ道はない。じりじりと間合いを詰められていく。
「さあ、今度こそ、仕留めさせてもらいますよ!」
矢が放たれようとしたそのとき、遠くから蹄の音が聞こえ始めた。
「……なんだ!?」
「うわっ」
土煙をあげて近づいてくるそれを見て、一斉に色めき立った。逃げ出す者もいれば踏みとどまる者もいて、ジフリードが必死に叫んだ。
「お前ら、逃げるな! 逃げるなら金返せ!」
白い服を着て剣を振りかざし、猛スピードで近づいてくるのはアーシュレイ率いる騎士団だった。
「陛下! ご無事ですか!!」
素早く馬から飛び降りたアーシュレイと騎士団長が陛下の前に立ちはだかり、剣を構える。
「遅いぞ、アーシュレイ」
「申し訳ありません。見張りをつけていたところすべてに動きがなかったものですから、判断が遅れました。ですがさすが、陛下。ご無事でなによりです」
「まったくだ。彼女に傷ひとつでも負わせていたら、貴様の首を絞めていたぞ」
ギンと睨みを利かせる陛下を見て、アーシュレイは渇いた笑いを返した。とても冗談とは思えない。
その後すぐに真面目な顔になり、騎士に追われているジフリードを見やった。
「しかしまさか、ジフリード・マイセルが……思いもよりませんでした」
内戦後は役所仕事も要領が悪く、人の生死は間違いも多かった。この分だと自己申請の住民登録も怪しいものだ。なりすましや偽りもあるかもしれない。
「もう一度、役人に洗いなおさせましょう」
陛下とアーシュレイがこれからを相談している傍らで、騎士団員は疾風のごとく動き、敵を倒し続けている。寄せ集めで統率の取れてない敵はもろく、あっけなく捕まっていく。もちろんジフリードとマリアも捕らえられ、ひざまずいて項垂れていた。
「全員を捕らえました!」
「ご苦労。連行し、投獄しておけ」
騎士団長が敬礼をして陛下の前を辞し、捕まえられた敵の一団がぞろぞろと連れられて行く。
ジフリードは苦虫を噛み潰したような表情で陛下を睨みつけ、マリアは唇を噛みしめてコレットを睨んだ。
敵は怪我を負ってはいるが誰も命を落としておらず、コレットはホッと胸をなでおろした。陛下の正しい裁きを受けて、罪を償ってほしいと思う。
陛下が走らせた馬は、少し先の位置でのんびり草を食んでおり、コレットは無事だったことを大いに喜んだ。
「さあ、城に帰るぞ。いろいろと、けじめをつけねばならない」
「……はい」
陛下とふたりで馬に乗り、城へと戻る。その道すがら、コレットはなんとなくお沙汰の終わりを予感していた。




