↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狼陛下と仮初めの王妃  作者: 涼川 凛
29/41

胸に秘めるもの6

「あなたが、そんなことを言っていいのかい? 今の言葉は、彼に聞こえたかもしれないよ。ほら、見てみるといい」


「え?」



エドアールが視線で示す方を見やると、陛下が赤いドレスを着たご令嬢と踊る姿があった。うっとりと見上げている彼女を見る陛下の笑顔のない表情は、特にいつもと変わらないように見える。


どうしてエドアールは、彼に聞こえたと思ったのだろうか。余裕のないコレットにはまったく分からないし、深く考えることができない。


それよりも、今はもっと大事なことがあるのだ。夜会が始まってからずっとそわそわじりじりしていて、ようやく巡ってきた大チャンス。しばらく城に滞在しているとはいえ、彼がガルナシアに来た目的は政治的なもの。今度はいつ会って話せるか分からない。この機会を逃してはならない。とにかく、コレットは必死だった。ふたりきりになりたいと、真剣にお願いをする。


するとエドアールは、踊りながらも自然に中央から下がるよう、スマートにコレットを誘導した。


そうしてテラスに出て窓をぴっちりと閉めると、大広間から漏れる音が微かに聞こえるだけになる。貴族たちは誰も外に出ておらず、テラスから少し離れた位置で警備をする騎士たちの姿があるだけ。



「静かとは言えないが、ふたりきりだ。ここでいいかい?」


「ありがとうございます。エドアールさまとは、もう一度、ゆっくりお話したいと思っていたんです」


「あなたが気になっているのは、私が昼間に言ったこと、かな?」


「はい。エドアールさまは、なにか知っているんですか? お願いします。わたしに教えてください!」



コレットがすがるような瞳で訴えると、エドアールの瞳が真摯になり、ゆっくり口を開いた。



「まったくあなたには負けるな。分かった、知っていることを話そう。……だけど、あくまでも、私の憶測が生んだ戯言だと思って聞いてほしい」



コレットがうなずくのを確認したエドアールは、遠くを見るような表情で語り始めた。



「あなたは、ガルナシアには“禁じられた書物”があることを知ってるかい?」


「あ、はい……知っています。でも、実物は見たことがありません」


「そうか。私は、先代国王であるユーリスとは、幼いころからの付き合いだったんだ。昔はもっと国交が盛んで、頻繁に行き来があった。だから彼と会えば、互いになんでも話し、文武ともに競い合ってきた」



コレットは幼い頃を思い出していた。確かに、先代国王が亡くなるまでは、ガルナシアも他国との交流が盛んだった。商店には異国のものが多く売られていたし、旅人も他国の人が多かった。内戦が始まるとともに国交は絶えていったのか、だんだん異国の人も見なくなった。



「だから、城の秘密も教えてもらえるほどに親しかったんだ。一緒に城内を冒険したりして、怪我もして、よく爺に叱られたな……誘われて、禁じられた書物を見ようとしたこともある」


「ええ!? それで、エドアールさまは見たんですか?」


「いや、そのときは、書庫までは行ったが、すんでのところで私が止めたんだ。だって、禁じられたものなんか、ちょっと恐ろしいだろう? 呪われてるかもしれないし、何が起こるか分からないじゃないか。そう言ったら、彼は、臆病だなーって笑っていたよ」



エドアールは思い出したように笑うから、コレットも笑みがこぼれる。


それに、禁じられた書物が呪われていると考えたエドアールに親しみを感じていた。だってコレットも、ミネルヴァに聞いたときはそう思ったのだから。



「そうなんですか。すごく、仲が良かったんですね」


「ああ、彼は好奇心旺盛で、いい男だった。もう会えないのが、本当に、残念だよ」



昔を懐かしむように話すエドアールの表情がスッと変わり、コレットに一歩近づいて声を潜めた。



「それじゃ、本題に入るよ。あなたは、ガルナシアの王族について、なにか変だと思ったことはないか?」


「変って……それは、どういう意味ですか?」


「先代ユーリス王の父君が若くして亡くなり、母君はあとを追うように亡くなっている。そしてあなたも知ってる通り、ユーリス自身も。わずか数代の間に王族が急激に衰退した。おかしいと思わないか?」



疑問を投げかけてくるエドアールの真剣な表情を見つめつつ、コレットは頭の中で懸命に考えた。年表にはそれぞれ死因が書かれていたが、先代以外の原因はよく覚えていない。でもたて続けに人が亡くなるのは、確かに変だと思う。



「それは、もしかして」



コレットが頭の中でまとめた考えを言おうとすると、ガタンという音とともに、音楽と笑い声が大きく聞こえてきた。


ビクッと体を震わせたコレットとエドアールが同時に振り向くと、テラスに出て来た貴公子とご令嬢のカップルがぺこりと頭を下げた。



「あ、これは、すみません。どうもお邪魔しました……あの、すぐに庭へ行きますので」



ハハハと力なく苦笑いをして、ふたりしてテラスの階段からそそくさと庭へ下りていく。それを見送った後、エドアールは言った。



「今あなたの考えている通りかもしれない。だけどこの件はサヴァル陛下も承知していて、すでに解決していることもあり得る。昔と違う体制にしたのは、内戦もあるが、ユーリスの死因も理由の一つかもしれない。だけどもしかしたら、まだ芽が残っているかもしれない。だから、用心はした方がいいと思うんだ」



エドアールは、ただの思い過ごしだといいがね……と、薄く笑って話を締めくくった。彼の言うことは証拠もなく仮定ばかりで漠然としているが、言葉の端々に、他国のことに深く立ち入れないことへのもどかしさがあった。


仲のいい幼馴染みを喪った寂しさは、コレットにはとてもよく分かる。エドアールなりに、ガルナシアの行く末を案じてくれているのだろう。



「お話してくださり、ありがとうございました」


「あなたに聞いてもらえて、私もすっきりしたよ。さあ、そろそろ中に戻ろうか。きっと、サヴァル陛下がやきもきしている」



大広間に戻ると、エドアールの傍には待ち構えていた令嬢たちが群がってきた。彼を見つめる彼女たちの表情はとても華やいでいて、国の奥底にある陰謀などとは無縁で、コレットにはとてもまぶしく映る。


微笑ましく思っていると、その中のひとりがコレットをじーっと見つめていることに気づいた。その令嬢は、黒髪で綺麗な青色のドレスを着ており、コレットと同じくらいの歳に見える。まだダンスを踊る前、陛下の周りにいた気がした。


じーっと見つめているそのご令嬢に、コレットが微笑みかけると、訝しげな表情をして近づいてきた。



「コレット……? あの、ぶしつけでございますが。王妃さまは、幼い時に、わたくしと会っていませんか?」


「……え?」


「わたくし、ナタリーと申しますの。我が邸の庭で遊んだのを、覚えていませんか?」


「ナタリー?」



その名前を聞いたコレットの脳裏に、幼い頃のことがよみがえった。まだ七歳くらいの頃、お針子の母と一緒に大きなお邸に出入りしていたことがある。母が仕事をしている間、そこに住んでいた女の子と庭でままごとをして遊んでいたのだ。


それは確かにナタリーという名前の子で……よく見れば、目の辺りなどに子どもの頃の面影がある。思い出せばうれしくて、うわー懐かしい!と声を上げそうになるコレットだけれど、今はぐっと堪える。



「あ……ごめんなさい。分からないです。人違いです」


「そう……ですか? ものすごく似ていたものですから……大変失礼いたしました」



訝しげな表情のままのナタリーに、「いいえ、気にしないでください」と笑顔で言い、コレットは逃げるようにその場を離れた。


まさか子どもの頃に遊んでいたご令嬢と会うとは思っておらず、冷たい汗が出るのを自覚する。


彼女は、どこの家の娘だっただろうか。遊んだ記憶はあるが、家名までは覚えていないのだ。



「陛下は、どこなの?」



談笑する人でいっぱいの中陛下を探してキョロキョロしていると、ふと横から伸びて来た腕に捕まえられた。驚くコレットだけれど、強いけれど優しい腕は誰のものかすぐに分かる。陛下だ。



「まったく、ようやく見つけた。君は、私から離れるな」



頭の上から、なんとも低い声が降って来て、コレットの胸がトクンと鳴る。陰謀やナタリーのことなど、胸の中に渦巻いている言い知れぬ不安が和らいでいく。陛下の腕には、安心感を与える魔力でも備わっているのか。



「さあ、君に挨拶をしたがっている連中は山ほどいるんだ。行くぞ」



コレットは陛下の腕に誘導されて上座まで行く。


そして貴族方からの挨拶やダンスの相手をこなしていき……そして、まもなくコレット王妃の初めての夜会は終了したのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。