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狼陛下と仮初めの王妃  作者: 涼川 凛
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胸に秘めるもの4

ハンネルの王太子エドアールを歓迎する会には、婚儀で見届け人を務めた大臣や公爵に加え、都街近隣に住む侯爵や伯爵方も参加している。


城で催される会には位の高い貴族が一堂に会するため、独身貴族たちにとっては格好の婚活の場でもある。すでに、公爵家の貴公子や美しいご令嬢を中心にし、大広間のあちらこちらで人の塊ができていた。ご令嬢たちは綺麗な色のドレスを着て瑞々しい美しさを、貴公子たちは快活な頼もしさをアピールしている。


城で大きな夜会が開かれるのは内戦後初めてで、皆の顔はとても華やいでいた。


特にご令嬢を持つ侯爵夫妻などは、陛下に見初められれば側室! エドアールに見初められれば王太子妃に!! などと、滅多にないこの機会を逃すものかと目をギラギラさせている。


貴族たちはここ一年ほどの間、何度も陛下に縁談を申し込んできた。自分の娘がいかに美しく聡明であるか、王妃となるべく教育を受けていることなどを手紙にしたため、熱心に送ってきたのだ。それが蹴られ続けて会うことも叶わないままに日々は過ぎ、なんと、気づけば陛下は妃を迎えてしまった。


そうだったのか! 思う人がいたから縁談が通らなかったのか! そう納得するも、年頃の娘を持つ貴族としては国王の外戚となる夢は消えない。談笑しながらも時々入口方面を気にし、陛下とエドアールのご登場を今か今かと待っている。



そんな中、大広間の一番奥にある王族専用の両開きの扉が開かれた。


陛下が妃をエスコートして現れ、さざなみのように話し声が止んでいき場が静まる。


楽士が奏でる穏やかな旋律だけが大広間に響く中、紺の正装を着た陛下と淡い紫色のドレスを着た王妃が上座の中央まで進んでいく。


大広間にいるほとんどの貴族たちは、王妃はもちろんのこと、陛下の姿も間近で拝見したことがない。


即位の後も内戦でボロボロになった街の整備で忙しく、庶民が苦しんでいるのに華やかな会などもってのほかだと、即位祝いの会は開かれなかったのだ。


眼光だけで大の男が気絶すると噂の狼陛下は、威厳があり冷たく見え、確かに近寄りがたい空気をまとっている。それに反して、その逞しくも麗しい容姿はご令嬢たちの目を奪うもので、皆は声も出さずに陛下に見とれていた。その中に、ミネルヴァの娘であるナタリーもいる。



「ね、お父さま。あのお方が、本当にサヴァル陛下なの? とても素敵だわ」



頬を染めてため息交じりに言う愛娘に対し、ミネルヴァは満足そうに「そうだろう?」と言ってニヤリと笑った。


ナタリーは、いくらミネルヴァが勧めても、怖いばかりの陛下の側室になるのは嫌だと言っていた。側室になるくらいなら、公爵家の奥方になって一番に愛されたい。立場も寵愛も何もかも一番でありたい。その方が数倍幸せになれると。


けれども間近で陛下を目にして、ころりと気が変わっていた。


陛下は背が高く、鍛えられた騎士の逞しさがありつつも、さらさらの銀の髪にスッと通った鼻筋で、目は二重のとても整った顔立ち。想像していたよりも、はるかに素敵だったのだ。


皆に向ける視線は刃のように尖っていても、王妃に向ける表情からは甘い優しさも感じられる。陛下は恐ろしい人だけれど、もしも見初められば自分もあんなふうに接していただけるのかと、ナタリーは夢見心地になっていた。側室となるのもいいかもしれない。



「ナタリーならば、きっと陛下は、お見初めになられる。そうだ、今の王妃以上に愛されることは間違いないぞ! そうすれば、ナタリーがお世継ぎを生めるかもしれん。そうなれば、お前が一番の権勢を誇れるんだぞ」


「そう、よね!」



陛下の隣に寄り添う王妃は、花の刺繍が素晴らしいレースを重ねた紫色のドレスを着ている。白い肌に青い瞳、結われた髪に付けられたティアラが灯りにあたってキラキラと光り、若くて眩しいほどに美しい。異国出身と噂があるが、そのせいか緊張気味で、たまにぎこちない微笑みを見せるのがなんとも初々しい。陛下は、そんな妃を庇うような仕草を見せるので、ご寵愛との噂は真実だと誰もが疑わない。


それでもナタリーには、自分ならばすぐに寵愛をいただけると思えた。なぜなら彼女には、身分も美しさも、それに教養も、王妃に劣るところは何ひとつ思いあたらないのだから。あの程度ならば、すぐに超えられる。そう確信できた。



陛下と王妃は上座の中央に立つと、エドアールを大広間に招き入れた。


陛下の紹介を受けたエドアールは、テノールの声を響かせて優雅に挨拶をする。にこりと白い歯を見せる王太子の爽やかさは、陛下に負けずにご令嬢たちの心を奪った。


エドアールが礼をとって挨拶を締めくくると、今度は、陛下が迫力のあるバリトンの声を大広間に響かせる。



「隣国の王太子を招いてこのような会を開くことができるのは、ガルナシアにとって大変喜ばしいことだ。皆、今宵は大いに楽しみ、互いによく親交し、友好を深め合ってくれ」



陛下の合図により楽師たちは軽やかな舞踏曲が奏で始め、大広間は一気にざわめいた。


軽い料理と葡萄酒が振る舞われて、中央では若いカップルたちがダンスを披露する。


大広間の中は、明るく楽しい雰囲気で満ちていく。



そんな中、コレットは陛下の隣で皆に笑顔を見せつつも、心の中はもやもやとしていた。


エドアールの言葉が気になって仕方がなく、彼ばかりを目で追ってしまう。


庭園で言われたことを陛下に話すべきだが、どうにも漠然としていて、このままでは一笑に付される可能性がある。だって、陛下は今でも十分に、自分の身辺に気を付けているのだ。


けれど、エドアールの言ったことはもっと深刻なものに思える。だから詳細に聞きたいと思い、夜会にはその機会があると考えていたけれど……庶民であるコレットの目論見はものすごく甘いものだった。


エドアールはご令嬢や貴族たちに囲まれていて、とても話しかけにくい状態。コレット自身も陛下の手によってがっちりと捕まえられている状態。それに挨拶に来る貴族方に、しっかり応対せねばならない。立場的にも物理的にも陛下の隣から離れられないでいる。


じりじりしながらも笑顔を作って皆と話すコレットの目に、ミネルヴァ夫妻の姿が映った。ふたりはコレットの前に来ると、愛想笑いをして礼をとる。


ミネルヴァは侯爵夫妻の相手をしている陛下を見、しめしめといった風情でうなずき、コレットに向き直って唇の端を歪めた。



「王妃さまには、祖国であられるハンネルとのご交流復活、大変喜ばしいことでございます」


「ありがとうございます。これも、ミネルヴァ大臣、あなたをはじめとする皆が努力してきたおかげだと思っています。王妃として感謝します」



コレットが微笑みながらそつなく返すと、ミネルヴァは少し眉をあげた。


まあ王妃としては合格の応対で、ハンネルとの国交復活に力を尽くしてきた彼にとっては、内心嬉しい言葉でもあるのだ。同時に少し褒められたくらいで喜びを感じている自身に口惜しさを覚え、ぎりりと歯噛みした。



「今夜の会は、王妃さまには社交デビューともなりますもの~、私どもにとっては二重の喜びでございますわ!」



ねっとりした口調のミネルヴァ婦人が社交的に微笑むと、ミネルヴァも待ってましたとばかりに大きくうなずいた。



「ああそうでしたなあ。今宵は平民の王妃さまの社交デビュー!! なんと感慨深いことでしょうか! 我が娘がデビューしたときのことを思い出します。そう、あれは十歳の時でございました」



ミネルヴァは出てもいない涙を拭くように、指先で目頭を押さえた。



「ああ、ですが、なんてことでしょうか。このミネルヴァ、初めての夜会であっても、王妃さまはいつものように厚顔な落ち着きぶりをみせてくださると、安心しておりましたが……」



ミネルヴァは一旦間をおいて、コレットの頭の上から足の爪先までを見、大袈裟に首を傾げて見せた。



「姿だけは美しく豪華で王妃然としておられますが、ご登場の折から不安そうにキョロキョロされてばかり……ああ……やはりそうでございましょう。平民であられるお方には、華やかな場では、気後れされるのでございましょうなあ!」



ミネルヴァは眉を下げ、気の毒そうな顔を作って仰々しくため息をついた。それを受けて、婦人も眉を下げてコレットを見る。



「そうですわね~、とても落ち着きがございませんもの。この様子でございますと、貴族として当然のたしなみも、できそうにありませんわねえ……?」



ミネルヴァ婦人は大袈裟に首を振って、肩をすくめてみせる。


いつもながらふたりは、少しでも落ち度となる部分を探して攻撃し、コレットの立場を弱めることを狙っていた。


夫妻の隣では、娘のナタリーがサヴァル陛下をダンスに誘っている最中だ。ミネルヴァは、自分の娘ながら本当に美しく、陛下も一目惚れされること間違いないと思う。しかし念には念を入れ、より確実に自分の野望を叶えるためには、邪魔なコレットは確実に陥れたいミネルヴァだ。そんな夫妻の目は、まるで獲物を見つけた蛇のような不気味さを放つ。


コレットは、ふたりの嫌味攻撃に対してなにも言い返すことができずにいた。集中力がなくてそわそわしているのは確かだし、ダンスも付け焼刃的に習ったのみだから皆のように上手く踊れる自信はない。


陛下は居並ぶご令嬢たちからダンスに誘われており、誰かの手を引いて中央まで出るのは時間の問題だろう。コレット自身も貴公子方からの誘われれば、中央に出るのはやむを得ない。


不安にさいなまれるコレットの体が、ふいに陛下の方に引き寄せられた。



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