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狼陛下と仮初めの王妃  作者: 涼川 凛
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妃のつとめ4

あとの予定は、儀式の見届け人たちとの会食のみ。


コレットは迎えに来たリンダとともに身支度部屋に戻り、純白のドレスから紺色のシンプルラインのドレスに着替えていた。


シンプルなのはラインだけで、胸元と袖口と裾に極小の宝石が縫い込まれている。動くたびにキラキラと光を放つ、とても美しいドレスだ。それに合わせて髪もエレガントにまとめられ、ドレスに合わせた薔薇の花を象った宝石の髪飾りがつけられた。


儀式のときの清楚さとは違い、かなり大人っぽい姿である。実年齢よりも上に見え、コレットは気恥ずかしさを感じていた。でもこれなら大人の陛下と並んでも十分釣り合うだろう。



「コレットさま、まもなく陛下が迎えに来られますわ」



宝剣と鍵は、ブーケが入れられていた白い箱の大きさがちょうどよかったので、布を敷いて仕舞ってある。会食の席にまで持っていくわけにいかず、コレットは、リンダに託すことにした。



「リンダ、これをお部屋まで運んでおいてほしいの。陛下からいただいた、とっても大切なものなの」


「はい、コレットさま。このリンダ、しっかり心得ましたわ」



箱を持ったリンダは神妙な顔つきになり、少しそわそわしている。対するコレットのほうは、大切な物の落ち着く場所が決まって安心し、ホッと息をついていた。


すると次に頭によぎるのは、さっきの陛下の様子だ。


あんなふうに背を向けられたのは初めてのこと。コレットの言動のどこがいけなくて、機嫌を損ねてしまったのだろう。


執務室に置いてきぼりにされるくらいだから、とっても悪いことをしたに違いないのだ。このまま陛下に会うのは、気まずく思える。


コレットが首をひねって考え込む身支度部屋の中では、侍女たちがせかせかと動きまわって純白のドレスやメイク道具を片付けている。


リンダは大切そうに抱えていた宝剣入りの白い箱を、そっとテーブルの上に置いていた。


コレットはそれを目にして、ハッと思い立った。


もしかしたら、宝剣を重石代わりにしたのがいけなかったのかも!と。前後の自分の行動で“やってはいけないこと”といったら、それしか思い当たらない。風に飛びそうな書類を押さえるためとはいえ、大切なものを机の上に置くなど、とんでもないことだ。第一使い方が間違っている。



『胸を貫け』



儀式での陛下はとても真摯な瞳で熱くて、怖いけれどとても凛々しくて。……思い出すと、胸がきゅんと締め付けられる。大切な誓いのお道具で王家の宝物なのに、なんてことをしたんだろうか。これじゃ陛下が怒るのも無理はない。



「……陛下に謝らなくちゃいけないわ」



あまりにも無神経な自分の行動を反省するも、胸に鉛がつまったようにズシンと重い。哀しくなってへこむコレットだが、それでも釈然としないのは、あの言葉だ。“不意打ち”とは、どういうことだろうか?



落ち込みつつ待つコレットのもとに、陛下が迎えに来た。黒から紺色の正装に着替えており、綺麗な銀の髪がいつもより映えて見える。凛々しい人は、何を着ても似合うのだ。


陛下は、コレットが手を絡めやすいように、低めな位置に腕を差し伸べてくる。その表情は普段と変わらないようだけれど、内心は怒っているはずだ。


コレットが逞しい腕にそっと手を乗せると、陛下はゆっくりと歩き始めた。そんなところもいつもと変わらないが、コレットの胸には重い鉛が詰まったままだ。



「あの、陛下……?」



コレットが呼びかけつつ潤んだ瞳で見上げると、彼の眉がスッと寄せられた。



「どうした? 君は今、何を考えている」


「ごめんなさい」



歩みをぴたりと止め、ん?と怪訝そうに首を傾げる陛下に、コレットは神妙な顔つきで宝剣のことを話す。その純粋な青い瞳が、陛下の少し困惑している様子を捉えていた。


しばらくすると陛下の長い人指し指が、コレットの唇にそっと触れて動きを止める。



「うむ。初めて会った時にも思ったことだが、君は、私の予想をはるかに超えてくるな」


「え?」


「さっきの件は、私が悪い。だから君は、なにも気にすることはないんだ」


「え、陛下が? でも……わたしが悪いことをしたので、陛下は怒ってしまわれたのでしょう?」


「ああそうじゃない。あれは、そうじゃないんだ。私が違うと言っているんだ。もう、これに関して、それ以上言葉にすることを禁ずる」



決して語気は強いものではない。けれど、眼光鋭く見下ろされ、コレットは体の芯が震えるのを感じた。幾多の敵を降伏させた狼たる陛下の瞳。戦場のものとは比べ物にならないだろうが、平民のコレットを黙らせるには十分すぎるものだった。


違うと断言されて少し心が軽くなったコレットだが、それでも謎は残ったまま。だが口にすることを禁じられては、原因を探ることもできない。



「ほら、会食に遅れる。急ぐぞ。君は、また私に運んでほしいのか?」


「い、いえ、そんなことありませんっ。滅相もないですっ」


「ならば、さっさと歩け」



身支度部屋から遠く離れた場所にある広間。普段食事をするところとは違い、賓客を招いて会食するときに用いられる場所だ。



「会食では、君は質問されたことだけに応えればいいぞ」



穏やかに思える口調だけれど、その体からは燃え立つような気が放たれている。


まもなく着いた会食の席には、ミネルヴァをはじめとした重鎮方がすでに揃っていた。テーブルには、金の燭台と白い花。それに金の器に盛られたフルーツが等間隔に並べられている。


金の燭台と対になるように、八人の紳士が座っていた。儀式で見届け人を務めた顔ぶれだ。各々の隣にはご婦人の姿もあり、コレットは内心でホッとする。


厳しい顔つきの大臣ばかりよりも雰囲気が柔らかくて、余計な気を張らなくて済みそうだ。


と、そう思ったのも束の間。入り口から席に移動して行く際に、キツイ視線を感じてドキリとする。


ご婦人方の目線は、コレットを値踏みするように、頭から足の爪先まで何度も往復している。そのほとんどは友好的ではないため、まるでちくちくと針が刺さるかのよう。女性特有のねっとりとした思念を感じてしまい、自然に、陛下の腕に絡めた手に力が入った。


ご婦人方は皆、コレットが王妃にふさわしい女性かどうか、見定めに来ているのだろう。皆生まれながらの貴族方。歩き方で平民だとばれはしないか。うっかりした仕草ひとつで下品だと揶揄されないか。そう思えば、ますます手に力がこもった。


すると、ふと手の甲にぬくもりを感じ、コレットは隣を見上げた。


陛下はまっすぐに前を向いているが、大きな手のひらはコレットの小さな手をすっぽりと包み込んでいる。ぐっと握ってくるそれはとても力強く、ひとりではないことを伝えていた。


「大丈夫だ、ありのままでいろ」との言葉をもらった気持ちになり、とても心強くなる。そうだ。無理に飾ることはないのだ。アーシュレイに仕込まれたみっちり教育の成果を発揮すればいい。


コレットはうつむきがちだった姿勢を正し、まっすぐに前を向いた。



主賓席に並び、陛下が挨拶をして会食が始まる。


賓客は、大臣が四人と東西南北にある領地の管理をする公爵が四人、そのご婦人方。


皆自己紹介をし、簡単に仕事や領地のことを話しながら食事が進んでいく。


お酒が入ると、厳しい顔つきだった大臣にも笑顔が出始めて和やかな雰囲気に変わる。


コレットもアーシュレイに厳しく叩き込まれたマナーと会話術を発揮し、初めての社交をそつなくこなしていく。


このまま順調に終わるかと思われた、そのとき、ミネルヴァがコレットに問いかけてきた。



「さあそろそろ、私が代表しまして、皆が興味あることを王妃さまに質問したいと思っていますが、よろしいですかな?」


「はい、ミネルヴァ大臣。皆さまが興味あることとは、なんでしょうか?」



コレットが笑顔で応えると、ミネルヴァは皆の顔を見回したあと、唇の端をくいっと上げた。目が細められ、底意地悪いものに変わっている。



「はい。陛下が見初められた王妃さまには謎が多いものですから、巷ではいろいろな噂が飛び交っています。それはどんなものか、皆さんはご存知ですかな?」



ミネルヴァ大臣が皆に問いかけると、隣にいる婦人がクスクスと笑いながら、空かさず後を続けた。



「あらあ、皆さんご存知ですわよねえ? 王妃さまの素性のことですわ。城の侍女であるとか、下働きの娘ですとか。それはもう笑ってしまう噂ばかり。王妃となるお方が平民だなどと、まったくおかしな話ですわ。ここではっきり、王妃さまご本人に答えいただいたほうが、よろしですわよね?」



ねえあなた?と、ねっとりした言い方でミネルヴァに同意を求める婦人は、唇は微笑みを作っているが目は笑っていない。そんな婦人に頷いて見せ、ミネルヴァはさらに質問をつづけた。



「王妃さまのご実家は、ミリガン家と伺いました。が……はて? 公爵家にも伯爵家にもそのような名がありません。爵位を、お教え願いますか」



ミネルヴァが質問すると、皆が一斉にコレットに注目した。好奇とも期待とも取れる視線が答えを待っている。


こんなこともあろうかと、家柄に関することは、アーシュレイから『もしも尋ねられたらこう答えてください』と言われている。想定される質問の答えは、アーシュレイから伝授済みだ。


コレットは震える胸を落ち着かせるよう、深く息を吸い込み、用意していた言葉を口にした。



「……わたしの両親は、隣国ハンネルの出身なんです。父は子爵家で母は公爵家でした。身分違いの恋のため、駆け落ち同然でこの国に来たと聞いています。ふたりとも内戦の際に亡くなりました。わたしは、ガルナシアの生まれです」


「おおなんと、ご両親ともにハンネルのご出身とは! こちらで名が出ぬはず……ですが、それでは、あちらでは貴族と言えども、ガルナシアではまったくの平民同然ですな?」



大袈裟に驚いて見せるミネルヴァの顔が、面白い玩具を見つけたかのように輝く。彼の一言により、会食の席が騒然とし始めた。



「まあ! 隣国の方。しかも今は平民同然だなどと、この国の王妃など務まるのですか? 我が娘の方がずっと適任ですわ。あの子は年号と日付を問いかければ、その時国に何が起こっていたか、即座に答えることができますもの。法律も暗記しておりますし、あらゆる分野で秀でております。王妃として申し分ない資質がありますわ!」



ミネルヴァ婦人がツンと鼻をあげて娘自慢をすれば、他の婦人も娘自慢を始める。皆のご令嬢は縁談として陛下にオススメ済みで、どうしてコレットが選ばれたのかと、納得できない様子だ。


コレットは何も言うことができず、ただ聞き役に徹していた。


陛下は瞳を光らせながらも、無言のまま葡萄酒を飲んでいる。



「そうだ、皆さん。儀式では、誓いのキスを違え、おふたりとも司祭の宣言を待たずに退席しておられます。今ここで、無効とすることもできますぞ!!」



ミネルヴァがここぞとばかりに嬉々として言うと、陛下の低い声が飛んだ。



「黙れ、ミネルヴァ」



それは静かだが怒りを含んだ声色で威厳に満ちており、場が一気に静まった。ミネルヴァをはじめとした皆の表情は青ざめて強張り、物音ひとつしない中で陛下の声が響く。



「私は家柄で妃を選んでいない。それに、儀式は正当に終了している。彼女が、王妃だ」



文句は言わせないと気迫を込めて言う陛下に対し、ミネルヴァが再び声を上げた。



「あ、愛情だけでは、一国の王妃は務まりませんぞ。資質があるとおっしゃるならば、彼女に問いましょう! あなたは、この国の王妃としてどうあるべきとお考えですか? どうか、お答えください」




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