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特別な贈り物

 特別な贈り物




 揺らめく灯火(ともしび)に照らされて、まだ湿り気を帯びた母親譲りの茶色髪(ブラウンヘアー)が静かに光輪を浮かばせていた。

 母親は娘の(せな)に立ち、自分によく似たその髪を愛おしそうに掬い取っては丁寧に櫛を通しているのだった。


「こうしてパレットの髪を梳いてやるのも久しぶりね。毎日のようにこうしていた筈なのに、子供が大人になってしまう時間なんて、本当にあっという間なんだから」


「そう……かな?」


「そうよ。少なくともアタシにとっては本当に一瞬の事。生まれたあなたを初めて抱き上げたあの日が、ついこの間のようにも感じるわねぇ」


 手に取った髪をしげしげと見つめながら、丁寧に神を梳く母親の目には、幼い我が子の昔日の光景がありありと浮かび上がり、日々成長する愛娘の姿を幻視し(かさね)ていた。


「てっきり成人したらすぐに結婚するとばかり思っていたのに、あんたときたら誰に似たのか随分と鈍い娘に育ったもんだ」


「なによ!? 仕方ないじゃない。べ、別にはっきりとそう言われたことは無かったんだから……」


「全く、花屋の娘ともあろうものが、花の謂れ位は覚えておくもんだよ」


 苦笑する母親の言葉はつい先日のソルティの言葉を思い起こさせて、そして事ある毎に謂れのある花をプレゼントしていた青年の笑顔をパステルの脳裏に浮かべたのだった。

 そんな様子にパステルは少し身悶えながらも口を開くとか細い声で抗議した。


「だ、だからこうして準備しているんじゃない」


「ああ、分かってるよ。わかっているとも、なにせアタシの娘だ。あんたがやっと覚悟を決めた事くらいちゃんとわかってる……」


「だ、だったら良いじゃない」


 拗ねる娘の頭を撫ぜながら母親は娘と向き合うように向きを変えるとこんな事を彼女に告げた。


「いいかい? お前は真っ新(まっさら)調色板(パレット)なんだ。そこにどんな色を落とされて染めるも相手次第。お前は寛容にその全てを受容れてやればいい。お前が未だに何を悩んでいるかアタシには判らないけれど、花をどんな色に染め上げるのかそれはお前の調色次第という事を覚えておくんだよ」


「……色には無限の可能性がある、だっけ?」


「そうさ。あんたの父親の口癖だった言葉だよ。だからあんたが生まれたときに、アタシは可能性を紡ぐパレットという名をつけたのさ」


 初めて告げられる自分の命名に込められた願いを聞きながら、パレットは静かに頷くと母親が持ってきた包みを小脇に抱え、「じゃあ、行ってくるね」と部屋を後にするのだった。



 ◇ ◇ ◇



「遅いわよ、パレット。もうペートも来てるんだから……って、なかなか気合入れて来たじゃない」


「ゴメンゴメン。はいこれ差し入れ」


 夜道を速足で歩いてユーリの家へとやってきたパレットを迎えたのはエプロン姿のアニエスだった。

 パレットは彼女に手にした花かごを渡しながら、既になにやら上機嫌で会話を弾ませるユーリとペートのいるダイニングへと入って行く。


「遅くなったわ」


 そう言いながらダイニングのドアを開けたパレットは、灰色のフェルトのスカートに、純白のブラウスを着てその上に紅赤色に染められたレザーコートを羽織っている。この家の主人ユーリはギョッとしたように、ペートは手にしたグラスを落としそうになりながら、ただパレットを凝視していた。

 ペートの目にはパレットはどのように映っていたのか?


「お、おう……」


 なんとかそう答えたペートの沈黙に不安の色を滲ませてパレットは少し伏し目がちに問いかけた。


「お、おかしいかな?」


「そ、そんなことないって」


「馬鹿ねペート。女の子がおめかしして来てるんだから『よく似合ってるよ、可愛いよ。』くらいの事言いなさいよね」


 しどろもどろになるペートにすかさずアニエスは横槍を入れながらパレットに空いている席――ペートの横を勧めると自分はユーリの隣に座り、まだ注がれていない4つの空の杯に果実酒で満たす。


「エールで抜け駆けしてた馬鹿共が居るけど……仕切り直しよ」


 アニエスのその言葉に苦笑交じりに杯を重ねる四人。しかし酒宴が始まってしまえばそこは幼馴染同士であり、気心なんてとっくに知り尽くしている仲である。

 その晩遅くまで四人は久しぶりの歓談を大いに楽しんだのだった。


 ◇ ◇ ◇


「少し寄り道をしていかないか?」


 ペートがその言葉を発したのは、ユーリとアニエスの家を出て間もなくの事だった。

 その提案に小さく頷くパステルはペートに誘われるままに彼の後ろを静かに歩いていく。

 街の中と言え既に深夜を回ろうとしているこの時間、家々から漏れる灯りは殆どなく、所々に設置された街灯が十分とは言えない慰めばかりの灯りを投げかけるのみだった。


「キャッ」


「おい、気を付けろよ? この時間ならもう凍ってるところもあるんだから……ほら」


 暗闇に足を取られたパレットは、咄嗟に前を歩くペートの服を掴んでなんとか転ばずにすんだものの、その手をペートに握られて、少しばかり強引に横に引き寄せられるとそのまま手を繋いだまま再びペートは歩き出す。

 いつの間にか広くなっていたあの背中。

 そして今握られる手は力強く、それでいてとても暖かかった。

 それは冬の寒さがそのように錯覚させたのか? はたまた揺れるパレットの心がそう感じさせているのか分からなかったものの、少なくともパレットはその大きく温かい手に例えようのない安心感を感じているのだった。


「手、こんなに大きかったっけ?」


「……毎日力仕事してるからな」


 パレットの問いにぶっきらぼうに答えるペートの声は、どこかうわずったようであり、彼の緊張をそのまま表しているようで、パレットは改めてペートの素朴な魅力として感じ取っていた。

 そんな事を考えながら二人がやってきたのは湖畔の公園。

 他の場所よりは幾分多く設置された街灯に浮かび上がる桟橋広場はまるで劇場の舞台(ステージ)のようであり、さながら手を繋ぎ歩く二人は、他の者からみればその舞台の上で演じる恋人たちのように映っていることだろう。


「パレット……俺、お前に嫌われたんじゃないかと心配してたんだ。ここのところずっと会ってくれなかったし、なんか避けられてるなって」


 柵に手をつき湖の先を見つめたまま発したペートの唐突な言葉は、パレットの胸に鈍い痛みを感じさせ、ここしばらくの自身の行動を思い起こさせる。


「ペート、ごめん。そういう訳じゃなかったんだけど、あなたが贈り続けてくれた花々の意味を知った時、私あなたにどんな顔をして会えばいいかわからなかったの」


「いや、パレットが謝ることじゃない。もっとはっきり言っておけば良かったんだ。てっきりパレットはそういうの詳しいと思い込んでいたから」


 パレットの正面に向き直ったペートはそう告白する。


「ううん、全く考えもしてなかった私もいけないの。花屋の娘なのにね。それで、何度か逃げてしまったら、余計に顔を合せ辛くなっちゃって……これ受け取って。私からのささやかなお詫び」


 そう言って手にした包みをペートに差し出すパレットは、心のどこかで少しだけホッとしていた。


「これは……帽子?」


「うん。気に入ってもらえるといいのだけど。もう冬だから、インナー部分をニットで編んで、革屋のおじさんに外郭部分を作って貰ったのだけど」


 パレットがくれたまだ真新しい革の匂いのする帽子をペートは被ると、湖上を吹き抜けてくる冷たい夜風など全く気にならないほどに温かい。

 しかしペートが発した言葉はパレットが予想していない物だった。


「温かいな、この帽子。ありがとう、でも……足りない」


「え?」


 パレットが疑問の声をあげた時、その時のペートの動きは早かった。

 一瞬で距離を詰めたペートは、パレットをしっかりと抱きしめたのだ。

 正面から覆いかぶさるように抱きしめられるパレットは、ペートの温もりを感じていた。

 早鐘のように打ち響く互いの鼓動を感じながら、パレットは思考を止めてしまっていた。


「パレットは温かいな。ずっとこうしたかったんだ……」


「――っ」


 その言葉にパレットの胸が大きく鳴り響く。


「パレット……お前が欲しい」


「あっ……」


 言葉と共に強まる力を感じながら、たったそれだけの一言が、パレットの胸の奥に深く大きく鳴り響き、体の芯に火を灯した。

 その時ふとパレットが思い出した光景は、子爵家の結納の儀の準備の日の光景。

 その中で美しいエルフの彼女が言っていたあの言葉。


『なんだか、ここでもおめでたい話が、近いうちにありそうだしね?』


 金色の瞳を細めて悪戯っぽい笑みを浮かべて言っていたその言葉は、私に結婚を意識させたのだ。


「――ペート……私なんかでいいの?」


「馬鹿、お前が良いんだよ。その……俺からもお前に貰ってほしいものがあるんだ。家に置いてあるから……その、良かったら……この後……」


 次第にしどろもどろになるペートの態度がおかしくて、すっかりムードは飛んでしまったものの二人は肩を寄せ合ってペートの家へと向かったのだった。


「それで、私に貰ってほしいものって?」


 久しぶりに入るペートの部屋は綺麗に掃除がされていた。

 玄関横には綺麗に仕事道具が整理されて吊るされており、ダイニングのテーブルには花まで飾ってあったほどだ。


「こっちへ来いよ」


 ペートの寝室であるはずのドアの前で手招きをするペートに、当然胸を高鳴らせながら恐る恐ると近付くパレットの目に飛び込んできたものは――


「嘘、これって……」


「パレットの為に用意したんだ。そりゃ……子爵家のようにはいかないけれど、きっとお前に似合うと思って」


 綺麗に整えられたペートのベッドの上に広げられた一着のドレス。

 花嫁の為に作られた、純白のウェディングドレスがそこにはあったのだ。


「これだけじゃないんだぜ? ほら」


 驚くパレットの手を取って、ドレスの上に置かれていた小箱から取り出したのは、シンプルではあるものの美しい指輪だった。


「パレット……お前が欲しい。受け取ってくれるか?」


「ちゃんとつけてくれる?」


 顔を赤くしながらそう問いかけるペートにパレットはそう言ってそっと手を差し出して、その細い指にやや震えながらもペートは指輪を通すのだった。

 涙に歪む視界の中で、二人はどちらからともなく距離を縮めると、初めての口づけを交わすのだった。


 ◇ ◇ ◇


 のどかな時間の流れる湖畔の町の昼下がり。高台のカフェにあるテラスでは囁くような声を風が運んできていた。


「ねぇねぇ、聞いた? 噂の下着の話」


「あれでしょ? なんでも身に着けると恋が叶うって噂の」


「そうそう、また一組恋が実ったんだってさ!」


「本当に? 一体今度は誰なのよ」


「それがね、花屋のあの勝気な――」


 黄色い嬌声を交えて噂話に興じる少女たち。

 そんな彼女たちを目の端に捉えながら燃えるような赤髪の女性は目の前に座る明茶色(ライトブラウン)の髪の少女の指を、嬉しそうに見つめていた。


「そうですか……おめでとうございます。街に出たついでに寄ってみましたが、いいお話が聞けてなによりです」


「その、本当に有難う御座いました。色々と気を遣って頂いたようで……」


「そんなに畏まられるような事はしていませんよ。私はただ(こころ)に素直になって欲しかっただけなので」


(こころ)に素直に、ですか?」


「そうです。人を想う気持ちが大きければ大きいほどに、その(こころ)は強く重く身を引き裂くこともあるのです。かつてその想いを胸に秘めたまま、精霊と辛い賭けをしてしまった愚かな自分のようにはなって欲しくなかったのです」


「あの……ソルティさんはやっぱり今でも……」


 そう問いかけるパレットの口に、首を小さく振りながら細い指を押し当てると、赤髪の給仕服の女性は返答の代わりににこやかな笑みを浮かべるのだった。




 サブキャラだって恋をする 完



こんにちは。

味醂です。


『気が付けばエルフ』 第三章の閑話的なこの『サブキャラでも恋をする』でしたがなんとか完結です。

お読みいただきました皆様、ありがとうございます。


元々はパレットの憂鬱という作品名でしたが、作品名を変更するにあたって少々結末に手を加えてあります。


客観視点での執筆の練習として書いたために、本編以上に拙い部分が散見していますがそこはご愛敬という事で。


蛇足かもしれませんが本編でペートがパレットを自宅に入れなかったのはドレスを隠しておくためでした。



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