↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/10

第10話 ヒグマとリアルサバゲー

 GoogleEarthで北海道の航空画像を見ると、コーン畑が写っていることがある。


 作付面積が広く一見森のようだが、四角く区切られているので畑だとわかる。


 近年、それを拡大すると巨大迷路のような空白地帯が写ると話題になった。


 ヒグマがコーン畑を食い荒らしながら進んだ跡だ。


 エゾヒグマは薄明薄暮性で、夜明けや夕刻など薄暗い時間帯を好んで活動することが知られている。


 つまり、コーンの収穫期には早朝から稼働する農業者とヒグマがバッティングする確率が非常に高いということだ。


 私の家族も収穫中にヒグマの親子らしき影と遭遇し、狭いトラクターの中に寿司詰めになって避難した。


 現場の足跡の大きさは、成人男性の手よりひとまわり大きいものだった。


 畑の周囲を確認すると、蜜蜂の巣箱を入れた鋼鉄製のケースが粘土のようにひしゃげられて壊され、巣蜜を喰われた形跡があった。


 ヒグマは臆病な動物だと言われてきた。


 人間の気配を察すると適度な距離を取りつつ、自分から逃げてくれる、と。


 近年はアーバンベアと呼ばれる町や人間に慣れた熊が増えてしまったが、私とKの圃場デビュー当時はちょうどその変遷期だった。


 北海道では昔から行われてきた『春クマ駆除』が動物愛護の観点から廃止されしばらく経っていた。


 箱罠にかかった個体を駆除せず放つ指導がされていた。


 因果関係はわからない。

 だが、ヒグマとの遭遇率は高くなった。


 ヒグマハンターの平均年齢は65歳を越え、私の地元では70代後半の高齢ハンターが1人で広大な地域を担当していた。


 加えて北海道は土地が広すぎて電気柵の全面設置は難しい。


 ヒグマからみればコーン畑は食べ放題の餌場だ。森や山合のコーン畑はもれなくと言っていいほど蹂躙された。



 Kの譲渡がこの年の秋だったので、私は次の夏に備えKの畑の警護犬訓練を開始した。


 ヒグマが足の早い犬、攻撃力の高い雄を嫌うということは聞いていた。


 理屈でいえば、ヒグマのテリトリーと畑の周りをKの縄張りにすればヒグマを締め出せる。


 ヒグマの排泄跡にKがマーキングで上書きしていくという、地味な嫌がらせ作戦だ。


 クマよけスプレーと犬と私VSエゾヒグマの平和的なリアルサバゲー。


 猟犬訓練はひととおり終えたので、圃場ごとにKの行動範囲を設定し、まずはリードをつけたまま毎日散歩して周回させる。


 一度マーキングしたところに上書きする習性があるので、それ以後はリードを外してKを走らせるだけでいい。


 クマスプレーと鋸の最低限の武器を携帯し、あとは楽しく森の周りをお散歩するだけの簡単なお仕事だ。


 絶望的にヒグマハンターが足りない。


 他地区のヒグマハンターを召喚したが、役場に却下された。


 ヒグマが箱罠には入らない。


 若い雄クマのブラフチャージなど安全面で心配されたが、コーン畑が壊滅したら農家はいずれ死ぬのだ。


 家族に危害が出るくらいなら、こっちからヒグマをシメに行くよ。


 怪我したり最悪死んだらハンターが仕留めてくれるはず。これがプランBだ。



 法律では、飼い犬の散歩はリード着用が義務づけられているが、ベアドッグや警察犬などのお仕事犬はそれには当たらないという。


 早朝、人のいない畑であればKは完璧なパトロールができるようになった。


 ……よその畑に人がいるとダメだ。

 お隣のビート畑のおじさんに挨拶に行って帰ってこない。呼んでも戻って来ない。


 だが、Kは頑張った。


 フィールドガードドッグデビューの年、近隣地域のコーンが壊滅したなか、Kは実家の圃場から見事にヒグマを締め出し、スイートコーンの被害は収穫のかなり前に味見された三本のみだった。


 Kの仕事ぶりは犬雑誌にもお仕事犬特集で取り上げて頂いたし、新聞やネットニュースにも上がった。


 だが、これからの活躍を楽しみにしていた矢先、事件が起こった。



 Kが、夜中に何者かに襲われた。


 朝、Kを撫でたとき、背中が三日月型に裂けて血が流れていた。


 錆びて曲がった鉄パイプが落ちていた。


 北海道犬は我慢強い。

 夜のあいだ、何をされたのだろう。


 犯人は、誰だろう。

 なぜKを狙いこんなことをしたのだろう。


 Kはすっかり人間嫌いになってしまった。


 怯えきっていて、触るとビクッとする。


 客への威嚇の吠えかたが酷くなった。


 極めつけに、家族を咬んだ。

 私も咬まれた。


 時間をかけて信頼関係を取り戻し、現在はだいぶ落ち着き、以前のような甘えた犬に戻った。



 いつものように散歩中。

 近所の男子中学生をみたKは、私のうしろに隠れてしまった。


 ツキノワグマをも怖れなかった犬が、震えて隠れて出てこない。


 犯人は彼かもしれない。

 ……怯えているだけかもしれない。


 なんにせよ、咬み癖のついた犬はリードなしで放てない。


 Kのガードドッグ犬生はわずか半年だった。


 いまでも一緒に車に乗りたがるし、トラクターを見ると興奮するが、実家が廃業してしまったのでKが活躍することはもうない。


 子犬の頃から冬山でKとトレイルランをしていたが、もうそれも出来ない。


 普通の犬になったKの楽しみは、散歩だけだ。


『お散歩って楽しいですよね!』

 という顔で歩いてるから、彼は普通の犬生を楽しんでいるのだろう。


 一時期は室内犬にしたが、彼は家の中では絶対に排泄できない体質なので、再び外飼いに戻した。


 Kを見るための防犯カメラを玄関に設置。


 暗闇のなか巨大な目玉を光らせた化物が映ったり、夜中にずっと正座してご飯を待つ様子が映ったりする。


 ガードドッグを卒業しても彼が変態であることに変わりなく、今も変わらず家族と過ごしている。




        陽気な犬は斜めに走る 完


読んで下さりありがとうございます!おもしろい!と思ったらブックマーク★レビュー応援お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
テレビで「野生動物との境界線に里山」という番組をつけつつ、こちらのお話拝読しました。 北海道のように広大な土地だと里山というのも中々難しく食物連鎖の頂点にいる存在と人間が共存するためには野生を色濃く残…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。