第1話 漆黒の狂犬
私はもともと極ネコ派である。
実家に入り浸る警察官の叔父が極ネコ派だったため、散々、犬の悪口を吹き込まれてきた。
警察の野犬掃討や迷子犬対応でたくさん咬まれ、犬嫌いになったらしい。
『犬は愚かでネコは賢い』
長年、そう洗脳されてきたのである。
当時、実家では猫を飼っていたが、老衰や病気、行方不明でみんないなくなった。
我が子のような猫を喪った心の穴は大きく、どの猫を見ても私の心は癒されなかった。
もう二度とペットは飼うまい。
そう誓った数ヵ月後、私は運命の出会いを経て漆黒の狂犬をお迎えしていた。
漆黒の体躯、茶色のマロ眉と丸いほっぺ。
茶色の口許や足先。
「グッドデザイン賞!!」
初対面で妹が叫んだほど可愛らしい子犬K。
これがすべての惨劇のはじまりだった。
生後四ヶ月の散歩中、Kはリードをぶっち切って軽自動車を狩りに行った。
対向車線からくる時速五十キロの車のタイヤホイールに飛びつき、回転して遠くに飛んで行ってしまった。
「ギャアアアアアア!!!」
普段から冷静な私は心の中で絶叫し、犬に駆け寄った。表情筋が死んでるだけで大パニックである。
夕方で、一瞬の出来事だったこともあり車は走り去り、あとにはキョトンとしたKがへたり込んでいた。
犬と私の名誉のために追記すると、普段は飼い主の指示をよく守る天才犬なのだ。
「ダメでしょ! 車に飛びかかったら、メッでしょ!?」
怒られたKは笑顔でうなずいた。
よし。うちの子は天才。
やっぱり今のは何かの間違いだ。
リードを付け直そうとした手を振り切り、Kがまた飛び出す。
「おかわりしに行ったァアアアア!!!」
ホイールに飛びつき、回転してまた遠くに飛んで行ってしまった!
うなずいたよね?
うなずいたよ、いま?
車から女性が降りてきた。
「わんちゃん跳ねちゃいました! 大丈夫ですか!?」
「来ないで!! すみません、この子変態なんです!! 近寄ったら危ない!!」
心配して駆け寄ってくるお姉さんを制し、私は狂犬をタックルで止める。
Kは初対面の人の腰にしがみつき、股間に顔を突き刺して死ぬほど嗅いだあとに噎せながら吐くという、極めて失礼な癖を持っている。
昔のエイリアン映画に出てくる、顔にくっつくやつ。あんな感じで離れなくなるのだ。
これ以上お姉さんに嫌な思いをさせるわけにはいかない。
幸い車に異状はなかったため平謝りして帰宅し、Kを超絶イケメン獣医師のいる夜間動物病院に連れていった。
「無傷ですね!」
採血やX線などあらゆる検査をした挙げ句、Kはどこも異常がないと判明した。
Kは昇降機能のついた診察台で、震えながらぺたんと伏せてしまっている。
この時の恐怖が染みついたのか、Kは若いイケメン絶対許さないワンになってしまった。
視力の弱い犬が、人間の顔の造作で美醜を判別するとは思えない。
人に限らず強い動物の雄はテストステロンを多量に生産する傾向がある。
もしかすると、成功体験が多く余裕のあるイケメンから、Kはこれを嗅ぎ取っているのかもしれない。
だって、Kは枯れきったおじいちゃんは大好きなのだ。
名誉のために追記するが、普段はとても聞き分けのいい天才犬だ。
ドッグトレーナーのカオリさんが言ったのだから間違いない。
「いいかい、K。車は敵じゃないの。怖くないんだよ、わかった?」
Kが公道での散歩のたびに車と並走したり狩りたがるので、ある日私はKを歩道のポールみたいなところに繋いだ。
飼い主がリラックスしているのを見れば、Kも安心して散歩に集中できると考えたからだ。
Kは付近を嗅ぎ回って満足すると、ぺたんとなって毛繕いをはじめた。
車道側に大股を開いて腹を見せているのだから、完全にリラックスしている。
このプランは成功したも同然。
そう思った矢先、車道を走る車に向かってKからなにか謎の液体が発射されてしまった。
もう確認なんかしなくていい。
逃げよう!!
まだ遊びたいと甘える狂犬を引きずって逃げるように帰る私。
サイコパス。
サイコパスだこの犬。
猫にしておけばよかった。
心の穴が大きすぎ、判断力が低下して物理的に大きな別の生き物を選んでしまったのが敗因だ。
私は翌日から散歩コースを変えた。
天才と紙一重の狂犬Kは、現在は普通に散歩ができている。
読んで下さりありがとうございます。
おしろい!
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