14.異常は再び
朝。
まだ意識が浮き切らない中、スマホの振動音がやけに鋭く耳に刺さった。
——着信。
画面を見るまでもなく、嫌な予感がした。
手を伸ばし、通話を取る。
「……もしもし」
『……プーが襲われた』
短く、淡々とした声。
だが、その静けさが逆に異常だった。
相手は——詩乃。通称、クイーン。
いつもならもう少し棘のある言い方をする。
それが、今はない。
(……ただ事じゃないな)
「場所は」
『都内。詳しい位置は送る』
間髪入れずに返ってくる。
迷いがない。
そして——余裕もない。
「状況は」
一瞬の間。
それから、わずかに息を吐く音が聞こえた。
『……異常覚醒者』
言葉が、重く落ちた。
頭の奥が冷える。
(やっぱり来たか)
どこかで予感していた。
ダンジョンの異常。試練。そして、世界の流れ。何も起きないはずがない。
「……詳細は」
『映像を送る』
通話が切れた。
すぐに通知が届く。
監視カメラの映像。 再生する。 数秒の無音。
そして—— 画面が揺れる。
人影。
プーだ。
次の瞬間、プーが倒れる。殴られているようだ。
(……おかしい)
違和感があった。
プーが弱いわけじゃない。むしろ、同年代の中では明らかに上だ。
それなのに——
“削られている”。力で押されているわけじゃない。
もっと、別の何か。
映像が乱れる。 そして、そこで途切れた。
スマホを下ろす。 静かに息を吐く。
(……普通じゃない)
異常覚醒者。
言葉としては聞いていた。
だが、ここまで露骨に現れるとは思っていなかった。
「……ヒカル」
隣の部屋に声をかける。
「起きてる」
すぐに返ってきた。
どうやら、俺と同じく目は覚めていたらしい。
「準備しろ。出るぞ」
「……了解」
無駄な会話はなかった。
それでいい。
今は時間が惜しい。
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病院に着いた時には、すでにメンバーは揃っていた。
詩乃、恵、黒瀬、正利。
全員の表情が硬い。
「遅かったわね」
詩乃が言う。
「状況は」
余計な前置きはしない。
「命に別状はない。ただ——」
一瞬、言葉が止まる。
「やられ方が、おかしい」
やっぱりか。
軽く頷く。
「映像は見た」
そう言うと、場の空気が一段沈んだ。
全員が同じものを見ている。同じ違和感を感じている。
「医者の話だと、外傷の割に消耗が激しいらしい」
正利さんが補足する。
「魔力を削られてる、って感じか」
ヒカルが呟いた。
その一言で、繋がる。
(……魔力)
異常覚醒者。ダンジョン。試練。
頭の中で、線が繋がっていく。
「情報は?」
「最悪よ」
詩乃が即答する。
スマホを操作し、画面を見せてきた。
SNS。覚醒者が継承機関に、もしくは継承機関に登録しているギルドに入った場合にのみ入れる探索者コミュニティー。タイムラインが荒れている。
“襲われた”
“仲間が急に変わった”
“知らない奴がいきなり現れた”
同じような報告が、無数に流れていた。
地域もバラバラ。
規模も不明。
だが——
(広がってるな)
これは局地的なものじゃない。
世界規模だ。
「……原因は?」
誰にともなく聞く。
だが、答えはほぼ決まっていた。
「ダンジョンが減ってる」
ヒカルが言う。
「……ああ」
頷く。
近場のダンジョンはほぼ枯渇。
新潟まで行ったのが、その証拠だ。
「魔力を求めてるなら」
詩乃が続ける。
「次に狙うのは——」
「探索者」
重なる。
それ以外にない。 ダンジョンで得られないなら別の場所で補うしかない。
(そして、それが“人”になった)
静かに息を吐く。 状況は最悪だ。
「汚染が広まってるって考えるのが自然か」
口に出す。
「……感染みたいなもの?」
恵が不安げに聞く。
「たぶん近い」
完全な断定はしない。 だが、可能性は高い。
「魔力を奪う。あるいは流し込む」
整理する。
「その結果、変質する」
異常覚醒者。 言葉の意味が、ようやく形になる。
「つまり——増えるのかよ」
ヒカルが顔を歪めた。
「……ああ」
短く答える。 沈黙。
重い空気が落ちる。
誰も軽く受け止められる内容じゃない。
当然だ。 これはもう——
(ダンジョンの問題じゃない)
人の問題だ。
しかも、内部から崩れるタイプの。
「実際に、仲間に襲われたって報告もある」
詩乃が続ける。
「目の前で変わった、とかも」
最悪だな。
外から来る脅威より厄介だ。
内側から壊れる。
それは——
(止めにくい)
判断が遅れる。躊躇が生まれる。
そして、その一瞬で広がる。
「……どうする」
正利さんが聞く。
副ギルマスとしてではなく、一人の人間として。
答えを求めている。 視線が集まる。 当然だ。
この中で、一番“知っている”のは俺だ。
(……クソだな)
こんな役回りは望んでいない。
普通に生きて。 普通に終わる。
それでよかったはずだ。
なのに——
(選ばされる)
毎回、そうだ。
選択肢はあるようで、実質一つしかない。
目を閉じる。
思い浮かぶのは——
家族。 仲間。そして、まだ無関係な誰か。
(守るって決めたのは、俺だ)
なら。
迷う理由はない。
目を開ける。
「……まず情報を集める」
静かに言う。
「範囲、発生条件、変化の過程」
順に並べる。
「それと、対処法」
止められるのか。
戻せるのか。
それとも——
(……切り捨てるしかないのか)
その答えも、いずれ必要になる。
だが今は。
「拡散を止める」
それが最優先だ。
「ギルドにも通達を出す」
正利さんがすぐに応じる。
「単独行動は禁止。異常覚醒者との接触時は即報告及び、処分」
(それでいい。異常覚醒者となると、もはやモンスターと変わらないのだから...)
頷く。
「あと——」
一瞬だけ言葉を止める。
だが、迷わない。
「躊躇するな」
空気が凍る。
「相手が誰でも、異常なら切れ」
言い切る。
綺麗事は通じない。
ここで甘さを残せば、被害が広がるだけだ。
恵がわずかに顔を伏せた。
黒瀬は唇を噛む。 当然の反応だ。
だが——
(それでもやるしかない)
全員を守るなんて、簡単じゃない。
それでも。
やると決めた。
「……行くぞ」
短く言う。
動き出すしかない。
止まってる時間はない。
病室の扉の向こうには、まだ眠るプーがいる。
そして——
視界の端に、文字が浮かんだ。
【対象を確認】【次代の随伴者】【魔力の逆流が起こっています。】【修復率:3%】
プーは固い、とても固い。俺ですら一撃を入れるのが大変だ。その持ち前の耐久力が身を制した。
プーは生きている。
(全部守る)
その言葉は、理想だ。綺麗事だ。
不可能に近い。
それでも——
それを捨てた時点で、終わる。
「……やるしかないだろ」
誰にも聞こえないように、呟いた。
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異常覚醒者
・覚醒者が汚染を食らった時、すぐに浄化や汚染部分の切り取りを行わない場合、汚染に体を奪われ異常覚醒者となる。
・異常覚醒者は魔力を求め、ダンジョンを探し、ダンジョンで徘徊するが、ダンジョンが無くなると魔力がある人間も襲うようになる。
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